2008.04.03
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第三の情緒論・・・感覚過敏(感覚防衛)

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

新年度になりました。つれづれ日誌も第3期に入り、執筆される先生方も若干入れ替わりがあるようですが、私は変わらず、今期も特別支援教育の立場からお話させていただくことにします。

先日、つれづれ日誌に携わる方たちの会合があり、そこで「感覚過敏(感覚防衛)」について話題になりました。聞き慣れない言葉ですし、なかなか理解されにくい内容なのですが、情緒の安定を築く上ではとても重要なキーワードなので、あらためて取り上げておきたいと思います。

「あらためて」と申し上げたのは、実はこのつれづれ日誌の記事でも既に取り上げているからです。今回の記事をお読みになる前に、2007年9月6日に掲載された記事、「言葉よりも先に手が出てしまう子」から読み取れるサイン Part2 に目をお通しいただけると、よりよくわかると思います。

→リンク先 http://www.manabinoba.com/index.cfm/8,9020,21,112,html?year=2007

私たちは、一般に感覚というと、アリストテレスが整理した感覚の5分類にならった「五感」を連想します。いわゆる五感とされる視覚・聴覚・嗅覚・味覚・触覚はすべて、「今、こういう匂いがする」、「こういう音が聞こえた」と言葉に置き換えることができる感覚です。ところが、現在では、ほぼ無意識に使われているために日常ではまず気づかれない(言葉にしにくい)けれども、人間が生きていく上で欠かせない感覚の存在が知られています。固有感覚や前庭感覚といった感覚です。いずれそれらの感覚についても話題に上ると思いますのでここでは詳細については述べません。今回のメインテーマである触覚にも、無意識に使われている部分がたくさんあり、これが情緒の安定に関与します。

前述の「言葉よりも先に手が出てしまう子」のケースでは「一般的な触覚」と「原始的な触覚」という2つの分け方をしましたが、後者の「原始的な感覚」こそが無意識に使われている触覚であるといえます。この触覚が敏感に働きすぎると、物や人との接触に不快感を覚えます。

「黒板を爪でギギギーーーッとひっかく」、「アルミホイルを丸めて、口の中にいれ、奥歯で噛みしめる」などの場面は、大抵の人が思い浮かべただけで不快になるものですが、これが日常的に起きている状態だと理解してください。「自閉っ子、こういう風にできてます!」(花風社)では、作者のニキリンコさんの感覚過敏性がとてもわかりやすく表現されています。文中では「雨が皮膚に触れるのが痛い」という感覚を、みんなが感じるようなごく普通の感覚なのだろうとずっと思っていて、宮澤賢治「雨ニモマケズ」は「雨に打たれるのは痛いけれども、痛さに耐えて頑張ろう」という意味だと解釈していたというエピソードが載せられています。

雨をもってすら「痛い」と感じさせてしまうほどの感覚の過敏性・・・当然のことながら、防衛的な行動様式、防衛的な生き方になるだろうことは想像に難くありません(これが「感覚防衛」と呼ばれる理由です)。受け入れきれない感覚刺激であれば、それから逃げようと攻撃的にもなるでしょう。人によっては、防御的に引っ込み思案的な態度で何とか逃れようとするかもしれません。こうして感覚過敏(感覚防衛)は、情緒の不安定さに大きな影響を及ぼします。

心理学の領域では、情緒の発達は、(1)愛着行動や信頼関係の構築、(2)自己肯定感を高める成功体験、といった2つの背景で語られることが多いように思います。子どもたちがもつ感覚の特異性にともなう情緒の不安定さは、スクールカウンセラーさんでもご存知ない方が多く、情緒不安定さの理由を簡単に母子関係に帰結させてしまうケースも決して少なくありません。ぜひ第三番目の情緒論として、感覚過敏による不安を加えてくださるようお願いします。

感覚過敏の強い子は、あらゆることに関する受容可能範囲が少ないのが特徴なので、かんしゃく持ちであることが多いと思います。決まった洋服、決まった洗剤、特定の舌触りの食べ物でないと不快感をあらわにします。歯ブラシ、洗髪、散髪、爪切り、口の周りをタオルで拭くなど、清潔上必要なことでも、触れられること全般が苦手なために拒否的にふるまいます。したがって、乳幼児期からの「育てづらさ」を、保護者もずっと感じているはずです。情緒論の一つである安定した母子関係も構築しにくくなります。

年長さんから小学生にかけては、友だちとの関係づくりの難しさとなって表れます。いじめの場面では、いじめる側も、いじめられるターゲットの側も双方とも「感覚過敏」であるということが少なくありません。いじめる側は、自分のペースを乱されたくないため、周囲をうまく取り込もうとします。いじめられる側は、常に防御的な行動を示すことが多く、そこを狙われます。つまずきがある子は、同じつまずきがある子を見つけ出すのがとても早いのが特徴です。

私が教員採用試験を受けた頃は、面接試験の指導の際、「いじめは、いじめる側が100%悪い」という立場に立って質問に答えるように、と指導されました。でも、多くの学校現場を見せていただいた経験から、今では、「どちらかが悪いのではなく、どちらも同じつまずきを持っていることが大半である。その多くのケースに感覚過敏性が関係している」と理解するようになりました。大学の教職課程においても、特別支援教育の知識は必要不可欠です。

最近の子どもたちは、触れあって揉まれあうような遊びをなかなかしようとしません。ゲームも一人一台ずつ持ち寄って遊ぶために、「次は誰それの番」といった協調的な遊びが減少し、同じ場にいながら並行的な遊びをしているという場面を多くみかけます。「原始的な触覚」が育つ根本的な土壌がなくなってきているのです。感覚の未発達さを残したままの子がとても多く、年齢相応の行動や言葉遣いができない子の多さの背景にはそうした理由があるのだと認識することが必要です。

少し長くなりました。今日の記事のまとめです。子どもたちの育ちの今を見つめられる人は、特別支援教育が単なる「障害児を公式に特別扱いする教育」ではないことに既にお気づきのはずです。今までよく理解できていなかった子どもたちの行動の理解を、きっと特別支援教育の知識が埋めてくれることでしょう。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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