2008.03.20
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特別支援教育元年をふりかえる

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

第26回目の記事です。私の担当分は、今回が今年度最後の記事掲載です。教育つれづれ日誌の第2期も大変お世話になりました。 “特別支援教育元年”と銘打たれた平成19年度がまもなく終わろうとしています。全ての幼稚園・小学校・中学校・高校で「特別支援教育校内委員会」が設置され、教職員の中から各校一人以上の「特別支援教育コーディネーター」が指名されている“はず”です。また、適切な子ども理解が進められ、「個別の指導計画」の作成を踏まえて効果的な指導が行われている“はず”です。学校長は、特別支援教育の推進役としての機能を積極的に果たしている“はず”だし、それにともなって教職員全員を対象とした校内研修も行われている“はず”です。 “はず”という言葉を使ったのは、「そうであったらいいな」という期待と「まだそこまで達しきれていない」という現実を示したかったからです。なんとか形だけは整ったという段階の学校がまだまだ多いのが現状であり、これからは形式論ではなく、中身の充実が議論の中心になると思います。 「個別の指導計画」を例にとれば、「指示に従わせる」や「周囲に迷惑をかけないようにする」といった目標の表記を少なからずみかけます。これでは特別支援教育導入以前とまったく変わりません。行動上問題がある場合には、なぜそのような行動にいたるのか、行動の理由や行動前後の状況を詳細に観察しなければなりません。そして、つまずきの根っこを探り当て、その子の特性を理解し、適切な支援方略を仮説的に設定し、実践後の評価と指導の修正を行わなければなりません。 支援の前提には、徹底した「子ども理解」が必要です。これは「その子のありのままを認めよう」というスローガンではありません。どんなところにつまずきがあるのか、つまずきが及ぼす影響はどんなことか、得意な認知様式はどんなことかといった、その子の特性の的確な把握のことを言います。つまずきを指摘するだけの指導計画、大人側からの一方的な支援策で固められた指導計画では、何の解決にもいたらないばかりか、かえって教師と子どもの信頼関係(ラポート)を悪化させる原因にもなりかねません。 そうした意味で、特別支援教育の研修においては、「個々の事例研究(ケース・スタディー)」の実施が必要不可欠です。元来、障害児教育の領野では、障害特性の共通性だけを論じるのではなく、合わせて個別性をも重視するという立場をとり、ケース・スタディーを進めてきました。そうした教育実践の成果の地道な積み重ねによって、単なる経験や勘ではない、指導の系統立てや理論づけを目指してきたのです。私たちの目の前にいる子どもは、私たちの教育活動を支える「生きている教科書」です。たとえ担任していない子どものケースであったとしても、自分だったらどう関わるかという視点でケースから学ぶという心構えを持ち続けていたいものです。 書店で「特別支援教育」のコーナーをのぞくと、「○○マニュアル」「○○ガイドブック」といった書名の本がズラリと並んでいます。マニュアルが出来上がるまでには、実は非常にたくさんのケース・スタディーの成果が背景にあり、多くの事例に共通した効果的な指導の整理の経緯があります。しかしながら、どうもそうした背景の存在は理解されず、方法論(ハウツー)の理解ばかりが先行してしまう傾向にあるようです。担当する子どもにできるだけ早く還元したいという教育意欲の表れなのかもしれませんが、手っ取り早くできることで自身の教育充実を求めたいという安易な発想が見え隠れしているような気がしてなりません。子ども理解のないマニュアル志向では(偶然にうまくいくこともあるかもしれませんが)、うまくいかなかったときにマニュアルか子どものどちらかのせいにされてしまいかねません。 第1回目の記事(2007.4.5.)の結びの部分で、私は、特別支援教育で扱われている内容が日常の教育技術や学級経営を支える「便利なツール」であることを知っていただきたいと述べました。「ツール」というものは使いこなせると非常に便利なのですが、使いこなせるようになるまで時間がかかるものです(パソコンを初めて使ったときのことを思い出してみてください)。来年度は、少なくとも今年度よりも便利さを実感できる「ツール」になるよう、願ってやみません。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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