2007.12.13
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小手先の支援より、授業改善

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

ある小学校で研修の講師をつとめたあと、校長室でその学校の先生方と懇談していたときの話です。

その日の研修では、姿勢の崩れに気づけない子のことや、鉛筆の持ち方が姿勢に与える影響などについて話しました。また、鉛筆を3本指で正しく持つためには、就学以前に小指や薬指を使って握りこむ遊びをたくさん経験しているかどうかが鍵になることなどについても触れました(詳しくはバックナンバー、2007年11月15日の記事をご参照ください)。

研修後の懇談では、「姿勢の崩れや、鉛筆の握り方は、気をつけていると直るのでしょうか」という質問を受けました。私はこう答えました。

「なおりますよ。こんな例があります。箸を正しく持てないまま成人になった男性が、恋人からの指摘で意識して直すようにしていたら、すっかり矯正され、今では特に意識せずに正しく箸を持てるようになっています。良くなるまで意識し続けることと、モチベーションが大切だと思います。」

そのあと「実は私のことなんですけど・・・」と続けようとした矢先、校長先生が「それは、ズバリ私のことです。」とおっしゃいました。ご自身の経験を例示された校長先生もびっくりしたと思いますが、私もあまりのことに驚いて、自分の経験だと言えなくなってしまいました。その後、ご自身の経験を振り返りながら「そうだよなぁ。意識し続けて必死に頑張って直したから、今は何も気にせずに箸を使えるんだ。意識するってやっぱり大切なんですね。」とあらためて実感なさった様子でした。

もともと私も器用なほうではありませんし、親から箸の持ち方の乱れを指摘されても反発し、あえて直さずにいたのですが、恋人(今の妻)からの指摘で一念発起したのを今でも覚えています。もう固定化してしまったと思えるような動作でも、修正できるのです。

教室の中には、姿勢の崩れた状態の子がとにかくたくさんいます。授業内容が自分の興味に合わなかったり、先生の話が少し長くなったりすると、ものの見事に(変な表現ですが)姿勢が崩れます。(1)直立できる時間が短い、(2)座っていると机にうつ伏せ、(3)いす傾け遊びや、机傾け遊びが多い、(4)おしりが前方にずり落ちた状態で座る、(5)背もたれに肘を掛けて横向きに座る・・・など、例を挙げればキリがありません。

これらは実は「つまずきのサイン」です。姿勢が崩れやすい子は「注意」や「集中持続」などの学習や生活に必要な機能が弱いのです。意識し続けることで良い姿勢づくりができるし、関連して注意・集中の機能も高まっていくはずです。

ところで、校長先生も私も、箸の持ち方を自ら修正しようと意識し続けた背景に「恋人」というモチベーションを維持する存在があったことを忘れてはいけないと思います。意識し続けるためには、本人にとって「取り組まなければならない」と思えるような仕組みが必要だと言えます。

だとすれば、姿勢が崩れやすい子(その子の実態)に対し「意識して姿勢を正すよう促す」という支援の目標は、結局のところ小手先の支援策の一つでしかないということになります。真の支援目標とは、「モチベーションが高まる(興味・関心を高める)ような工夫を行い、姿勢が容易に崩れないようにする」ということになります。つまり、授業改善の領域に大きく踏み込むことになるわけです。

特別支援教育は、「特定の子のつまずきだけに焦点をあてた支援」と受け取られることが多いようです。先進的な取り組みを続けている小・中学校は、そうした理解ではいずれ行き詰まってしまうことがわかっているので、授業改善と特別支援教育をセットにする取り組みの段階に入っています。

「小手先の支援よりも授業改善」。巡回相談で各校を回る立場として、私も心にとどめておきたいと思います。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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