2007.11.30
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仮主語の構文から見えたこと-認知的に-

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

読者の方々には、学生や生徒時代に英語で悩まされ、苦労を味わった方も幾らかいらっしゃることと思います。一方とても大好きでのめり込んでこられた方もいらっしゃることでしょう。一英語教師の立場からは、英語を何とか身近に感じて楽しいものであるように願って日々奮闘している最中であります。

さて、つぎのような構文って、ご記憶にある方も多いのではないでしょうか。
「~することは…である」It is ……..to ~という形の英文です。

例えば、「多くの人と友達になることはすばらしい」という英文は、上の構文を用いると、
It is wonderful to make friends with many people. とでも英作できます。
一つの英訳に過ぎません。上の日本語から例文がすーと出た方は素晴らしいです。拍手ものかもしれません。

では、皆さんは、頭の中でどのように考えて、この英文にたどり着いたのでしょうか。
私の場合を紹介します。
(1)まず日本語を分解します。たとえば「すばらしい」「多くの人」「友達になる」は英語で何と言のかと。
(2)そして、この日本語の語句に相当する英語・英単語を考えます。
(3)次に上の構文と称する型に当てはめます。
(4)日本語の語順と英語の並べ方が違うことを意識します。
(5)最後に文法的に単数形や時制などのチェックやスペルミスなどを確認します。

こうして上で紹介した英文が完成するのではないでしょうか。これは私「岩本」の頭の中での思考過程です。ちょっと格好良い言葉を使うならば「認知的」な作業とでも言えますでしょうか。

ところが、授業中の生徒らからの質問のおかげで、私の「認知」とは異なることに気付かされました。
(1)私が無意識に区切った日本語の「文節」の概念が、乏しい生徒らがいるのです。日本語を客観的に眺めることを16年間余りしてこなかったからかもしれません。まあ正直日本の口語文法や国文法って知らなくても日常会話や漫画などを読むことに支障はないのですよね。しかし、英語などの外国語に対面したときには、自国の言葉に関する知識や意識が非常に大きな比重を占めることになるのです。日本語で語句のまとまりが意識できなくて、英文の意味のまとまりを意識した英文読解は期待できないのです。

(2)上の例文の中で、「多くの人」などは「多くの」という単語と「人」という単語で構成されているという「語感」がないと困るのです。「友達になる」を「友達」と「なる」に分けすぎると、become friendsという表現がまず生まれてきたりします。これでも間違いではないのです。しかし、大局的にながめると、「多くの人と友達になる」というのは、make friends withでまとまって慣用的に言う表現があったなあと気付きます。日本語を、英語表現にするにもちょっと手こずることになります。
平生は語句等も指導者側が生徒にヒントとして与えることが多いので、微妙な単語の用い方で質問がでることが少ないのです。

(3)実は、私が何の説明もせずに済まして、授業中に生徒から質問が出たのは、この語順の所でした。私が無意識(とは言うものの、頭の中で結局は意識していたのですが)にIt is の次に「すばらしい」という日本語に相当するwonderfulを入れていました。が、生徒らは、It is の次にどんな種類の日本語または英単語が入るのか分かっていなかったのです。そこで、生徒間で次のような言葉が飛び交いました。

A-san: 単語の並べ方がわからん。
B-san: そうそう私もわからんが。It is の後に何がくるがんけ。
C-san: difficultやwonderfulちゃ何け。(富山弁です。山の手線に富山の広告が入ったようなのでついでに宣伝させていただきます)
D-san: 形容詞、置けばいいがんけ。
B-san: 形容詞って何け?
E-san: 先生、It is の次に「形容詞」、toの後に「動詞」だよね。

一見生徒主体で、生徒間で問題解決ができたように思えます。実はこのがやがやのお陰で、「形容詞」「動詞」の説明に時間が必要であることに気付かされました。なぜならこれらの品詞の概念に乏しい生徒らもいるからなのです。

上の過程が、きちんと押さえられていないと、次のような対話文での語順を並べかえることにも抵抗が生じてしまうことになります。

例文
A: You enjoy volunteer activities, don’t you?
B: Yes. It’s ( help / natural / to ) others.

上のような単語を並べ替えることときに、個人差はありますが、生徒らの頭の中では次のことが起きます。
(1)3つの単語の意味とその品詞の区別ができる。
(2)naturalは「自然な・当然な」という形容詞だから、It isの後に置くことができる。
(3)helpは「助ける」という動詞だからtoと一緒に、to helpとつなげる。
(4)所で、It is .......to ~という形をなんか勉強したので。
It is natural to help others.という英文は作ってみることができた。
(5)でも、英文は並べかえてみたが、結局この英文の意味はわからんなあ。
(6)自分で訳考えるのが面倒くさいから、早く訳教えて先生!!

私は、自分の指導手順を考え直しました。

たとえば、上で構文の型を紹介した上で、次に、上の例文の中の3つの単語を並べかえる時に、生徒の目には、(help / natural / to)はどう見えているかを私は考えなくてはいけないと気づきました。

(1)意味が分かっているか。
(2)helpは「助ける」で動詞だ。 naturalは「自然な・当然だ」で形容詞だ。 toは「意味が分からないかも」と意識できているのだろうか。
(3)この上で、It is ... to ~の文型に単語を入れる。


昨今のコミュニケーションの活動が中学からそして高等学校でも謳われてきています。確かに活発で物怖じしない態度は育成されていると実感しています。生徒らが気さくに質問を上の場面の様にしてくれることは感謝しております。リスニング力もある生徒が増えていることも実感しています。多くの学会でも実証的な研究成果が報告されるようになってきました。

しかし「文法指導」が非常に肩身の狭い場所に押しやられてきた影響も見逃せなくなっています。過去に私たちが受けてきた過度の文法教育は、見直しの過渡期にあります。

私は、「認知」レベルで生徒とのギャップに、まず驚き、次にその溝を埋める工夫を(苦しみながら)楽しんでいます。彼ら彼女らとのギャップがクレパスほどにならないようにしたいものです。ちょこんと飛び越えられるような水たまりばかりではないほうが「やりがい」が出てきます。生徒らから「やる気」をいつももらえるのは幸せなのかもしれません。

一つの指導項目があったとしても、学校の生徒の実態に応じて、指導方法や手順というのは本当に様々にあり得ることも分かっていただけたかもしれません。

さて、今日の授業ではどんな「驚き」に出会えることでしょうか。教室に向かう足取りが重いのか軽いのかは皆様のご想像にお任せいたします。

参考文献
竹内理(2007)「達人」の英語学習法(草思社)

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

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