2007.11.29
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“KY”から読み取れるつまずきのサイン

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

11月19日に掲載された教育つれづれ日誌で、北川誠先生が「KY(空気が読めないこと、状況、その人自身を示す略語)」について触れていらっしゃいました。流行語大賞にノミネートされたそうですから、今回は、特別支援教育の立場からKYについて論じます。

空気を読む、という表現には、おそらく(1)ある状況の中から重要なサインを見つけ出し、(2)過去の記憶を頼りに適切と思われる行動を選択する、という2つの期待が内包されていると思います。しかし、常に変化する環境の中で、全く同じ状況などというものは二度と来ないのが普通です。それを踏まえれば、間違いや失敗は、臨機応変に「空気を読める」ようになるための大切なステップであって、ある程度はやむをえないものと理解することから始めなければならないと思います。

さて、本題のつまずきの背景ですが、私は少なくとも、前述の(1)に描写した「注意」という機能のつまずきと、(2)に示した「記憶」という脳の機能のつまずきが絡み合った状態だと理解しています。本当は、情報を処理する速度のつまずきや、言語理解に関するつまずきなど様々な要因があると考えられるのですが、ここでは「注意」と「記憶」の機能に限定して話を進めます。

「注意」とは、情報に対する脳のチューニングです。たくさんの刺激・情報の中から必要なものを選択して意識を向け、維持する力のことで、ラジオの周波数を合わせるようなイメージが理解しやすいと思います。注意の転導を自ら抑え、落ち着いてものごとに取り組むには、チューニングを良好な状態に保つ努力をしなければなりません。チューニングができているかどうかを自分で調整することも大切になりますので、自分の行動をシミュレーションしたり、セルフモニターしたりする力も含まれます。この機能が弱いと、不必要な刺激が重要な情報にオーバーラップして状況理解が遅れることにもなりますし、ある状況の中であまり目立たないけれども重要な情報を見落とすといった影響も受けやすくなります。

誤解のないように付け加えますが、興味が持てないことや、つまらないと感じる状況では誰しもがKYの状態に陥りやすくなるのが普通です。「あらゆる場面で不適応」という人はいません。本人にとって興味を持てる題材・状況であるかどうかがKY脱出のキーポイントだと思います。

もう一つの「記憶」とは、注意を向けた対象のうち記憶すべきものを取捨選択することにはじまり、記憶の貯蔵庫に仕分けし、必要な場面で適切な記憶情報を思い出すまでの一連の流れのことを言います。日常生活では、気づかないうちに記憶するものと記憶しないものを分類しています。見たもの、聞いたこと、触れたもの、匂いや音や味など、その状況を判断する情報にはあらゆるものがありますが、その中から「記憶すべきこと」だけを選りすぐって効率的に脳を働かせます。

しかし、記憶の機能のつまずきを抱えた場合、指示などをすぐ忘れたり、聞き返しが多くなったりします。いくら覚えようとしてもなかなか覚えられなかったり、読んだり話しているうちに内容が分からなくなったりといった影響も受けます。「あのね~、○○がね~、▽▽してね~」と「ね~」が頻出しやすいといった行動特徴も見られます。結果として、記憶の機能が、状況把握や状況理解になかなか役立てられないということになります。

『記憶力を強くする ―最新脳科学が語る記憶のしくみと鍛え方―』の著者である池谷裕二先生(東京大学)は、こうした状況を打破するために以下の3点を強調されています。

1)細かい事象の差を知るために、まずは一度事象を大きく捉えて理解すること。
2)きちんとした手順を踏むこと
3)何度も失敗を繰り返すこと。

今日のまとめです。透明な空気に書かれている「見えない文字」を読む・・・、誰もができることではなく、それなりの意識的な訓練と周囲の理解の寛容さが不可欠だと言えそうです。特別支援教育が目指しているのは、KYを単なる勘や経験の問題と片付けず、つまずきの一つのサインと認め、理論に基づき系統立った対応を継続的に行い成長に寄与することだと思います。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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