2007.09.20
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「靴ひもがほどけやすい子」から読み取れるサイン

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

第13回目の記事です。今回は、「靴ひもがほどけやすい子」が示すつまずきのサインを取り上げます。

中学校に巡回相談にうかがうと、靴ひもがほどけている状態の生徒が大変多いことに気づかされます。とても重要なつまずきのサインなのですが、小学校では上履きにひもがないのでほとんど目立ちません。そのため、中学1年生でようやく気付いてもらえることが多くなります。

靴ひもがほどけやすい子を見かけたとき、私は瞬時に3つのつまずきのいずれかがある、もしくは全てのつまずきがあるのではないかと推察します。1つ目は、結び方を身につけていない「未経験・未学習」の問題。2つ目は「手先が不器用」でうまく結べない、適当に結んで終りにしてしまう。3つ目は、ほどけていることに「自分で気づけない」というつまずきです。

ボディ・イメージという言葉をご存じでしょうか。自己像、身体像などという言い方をしたりもしますが、指し示すところはほとんど同じだと考えてよいと思います。簡単にまとめてしまうと、「自分の体の実感」と言い換えることができそうです。靴ひもがほどけたまま平気でいられる生徒は、おそらくボディ・イメージが年令相応に発達していない生徒なのだろうと思います。

自分の体の実感が乏しいと、物の扱い方、人への接し方、集団での立ち居振る舞いなどに大きく影響してしまいます。自分の体の輪郭やサイズがイメージしづらいため、人にぶつかりやすくなるし、整列しようとするときには列からはずれたことに気づきにくくなります。人にはやや強い関わり方をするくせに、人から関わられるときには細かいことに対し過剰に反応しやすくなります。力の入れ加減、関節や筋肉の曲げ加減、伸ばし加減が微調整できないため、物の扱い方はがさつ、言葉や行動は乱暴さが目立つようになります。手先の不器用さは、学齢期には、人間関係の不器用さや、行動・言動のコントロールのしづらさにつながりやすいのです。

たかが靴ひも、されど靴ひも。靴ひもがほどけやすい子が全てそうだとは言いませんが、「あの生徒は、対人面でトラブルが多いほうですか?」と担任の先生などに尋ねると、驚いた表情で「なぜわかるんですか!」という返事が返ってくる確率が非常に高いです。

最近は服装の乱れに対して、比較的寛容な社会になってきました。こうした時代的背景は学校文化にも還元されていて、先生方の考えも柔軟になってきています。私も、いまさら校則を見直して厳しくしようとか、品行方正たれといったことを言いたいわけではありません。ただ、服装や姿勢などの身の回りのことに対する細かな生活指導が、子どもたちのボディ・イメージの発達に何らかの貢献を果たしていたのだとしたら、もしかしたら私たち教育関係者は重大な価値を自ら放棄してしまったのではないかと自問自答するばかりです。

靴ひもがほどけているという事実を目にしたら、ぜひ、ボディ・イメージの発達という視点に立って、ほどけていることを教えてあげてほしいと思います。その場で結びなおそうとしない生徒の場合は、自分の不器用さにすでに気づいている生徒かもしれません。見過ごせば、それだけボディ・イメージの発達の機会を失うことになりかねません。

今回で、第一期つれづれ日誌の私の担当分は最終回です。初回にも触れましたが、少しでも多くの方々に、特別支援教育で扱われている内容が日常の教育技術や学級経営、さらには子育て全般を支える「便利なツール」であることを知っていただきたいという思いで半年間書かせていただきました。

「ツール」は使い慣れれば大変便利なものですが、使いこなせるようになるまでに時間と労力が必要です。パソコンを使い始めた日のことを思い出してみてください。今でこそ、便利で、なくては仕事もはかどらないほどのツールになっていると思いますが、最初は戸惑いの連続で、解説書を読んだり、近くにいるわかりそうな人に聞いたりしながら、次第に使いこなせるようになってきたのではないでしょうか。ぜひ近くにいるわかりそうな人に聞くことからはじめてみてください。

「特別支援教育元年」と言われる平成19年度がはじまって半年が経ちました。学びの場.comの編集ご担当の皆様、読者の皆様には、貴重な情報発信の場をいただけたことを改めて感謝申し上げます。どうもありがとうございました。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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