2007.09.06
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

「言葉よりも先に手が出てしまう子」から読み取れるサイン Part2

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

前回は、「言葉より先に手が出てしまう子」のつまずきの背景について、対人関係スキルという視点から述べました。今回は、もう少し踏み込んで「どうして言葉よりも先に手が出てしまうのか」を考えます。

結論から先に言ってしまうと、「感覚の使い方のつまずき」と表現できると思います。特に、「触覚」の使い方が未発達な状態であることが多く、専門的な用語を用いると「触覚防衛反応」が強い状態と言います。

ごくごく噛み砕いて説明します。私たち人間には、実は2通りの触覚があるのをご存じでしょうか。一般的には、物を触り分けたり(例えば、バッグの中から見ないで携帯電話だけ取り出すなど)、自分のからだのどの位置に触れているかを感知したりといった機能をもつ感覚として知られています。これをひとまず「一般的な触覚」と呼びたいと思います。

その一方で、気配を察して行動をコントロールする触覚の機能もあるのです。イメージしてみてください。あなたは、仕事や買い物を終えた帰り道、なぜか道に迷い街灯のない暗闇の多い道に出てしまいました。もと来た道を戻ると確実に時間をロスしてしまう。この暗闇を抜け切るしかないと判断したものの、一抹の不安がよぎります。身がまえながら歩を進めると、やがて背後からヒタヒタと同じペースで歩く足音がしはじめ、あなたは歩くペースを上げます。そして、いざ襲われそうになったときに備え、無意識のうちに逃げ込める場所を探そうとしたり、もうダメだというときには攻撃するしかないと考えたり・・・。

触れたり、触れられたりしているわけではないのに、気配を察して生命を守ろうとする機能・・・これが今回のテーマである「触覚の原始的な機能」です。この機能は、動物が生き抜いていくために必要不可欠な触覚で、すべての動物に(たとえば、アメーバのような原始生物にも)備わっています。そして、この触覚の機能を使って、(1)危険から逃げる、(2)敵を攻撃する、(3)餌を取り込む、という3つの行動をコントロールしています。

私たち人間は、「一般的な触覚」が「原始的な触覚」をうまくおさえながら生活しているので、いきなり逃避的になったり、攻撃的になったり、何かを取り込んだりということは通常はありません。だからこそ、満員電車で見知らぬ人と肩が触れ合っていても心配することはないし、初めての場所で行われるパーティーにも参加できるのです。これは、乳幼児期、幼少期から知らぬうちに「一般的な触覚」を育てられてきているからに他なりません。

ところが、感覚の育ち方には個人差があります。(A)「原始的な触覚」が強く出てしまう場合や、(B)「一般的な触覚」が育ちきっていない場合には、上記の3つの行動が出やすくなるのです。具体的に言うと、(1)いやなこと(物、人、活動)から逃げる、(2)自分のペースでないと攻撃性が出やすい(パンチとかキックといった人間的な攻撃ではなく、噛みつく、ひっかく、爪を立てるといった攻撃が多くなります)、(3)自分にとって好ましいこと(物、人)を取り込もうとする、といった3つの行動パターンが出やすくなります。

言葉よりも先に手が出やすい子の多くに、こうした傾向が見られるのではないでしょうか。自分勝手、わがまま、自己中心的といった評価をされることが多く、時には「憎たらしさ」さえ感じさせる行動パターンの連続を目の当たりにし、家庭でのしつけや育ちが原因といった分析をする教育関係者も少なからずいます。

自分のペースを乱されたくないのは、こうした触覚の使い方のつまずきに原因の一端をみることができます。こだわりが強い、融通がきかない、精神的・情緒的に不安定などといった行動特徴の背景に、こんな事情があったのか!と理解していただければ、指導もおのずと変わってきます。

私は、小・中学校、幼稚園、保育園、学童保育(場合によってはご家庭から直接というケースもあります)などからの相談依頼を受ける立場ですが、今回取り上げたケースの子は、「コミュニケーション能力の拙さ」を心配する先生からの相談が多くなります。プライドの高い子であれば、失敗を避けようと見ただけで近寄ろうとしない、行動や言葉で「予防線」を張ることが多いようです。自分からはベタベタとすり寄ってくるのに、他人が近づきすぎると手で押しのけようとするといった行動の特徴があります。女性の先生に甘える傾向も強いです。

授業中であれば「集中の持続の短さ」があらわれやすくなります。文房具などを使った手遊び、机の横にかかった体育袋を蹴る足遊びなどが頻繁に見られます。授業に関係のないことをノート等に落書きする手遊びも多くなります。また、指なめ、爪かみ、鉛筆かじりは、「原始的な触覚」が出てしまいやすい子に多い行動特徴です。

「原始的な触覚」の出やすさは、実は赤ちゃんの頃から続いています。したがって、多くの場合、お母さんが大変苦労している(してきた)のだと考えたほうがよいと思います。脇の下を持って抱きあげられることや頬ずりといった愛着行動が取りづらい、「爪切り」「洗髪」「散髪」「歯磨き」「櫛で髪をとかす」「食事あとに口の周りを拭く」などの日常生活で必要な育児行為を拒否したがる、といった生育歴と重なることが多く見られます。子育てについての心配をお父さんに相談したところ、「子どもはみんなこんなもの」、「俺だって昔はこうだった」とそれ以上取り合ってくれなかったと振り返ってお話されるお母さんも多くいらっしゃいます。

私たち教育関係者は、そうした育ちの上に今があるのだという認識に立つことが必要なのではないでしょうか。「言葉よりも先に手が出やすい」ことの背景に感覚の使い方のつまずきがあるという事実を理解すれば、少なくとも、(1)場面に適した行動を丁寧に伝える、(2)新しい活動や不安が大きい場ではリハーサルの要素を含める、(3)この年齢ならこうできることが当たり前といった「暗黙のルール」をなくす、等の指導上の工夫が増えてくるはずです。

その一方で、子育ての悩みや心配を抱える保護者の皆さんにも、特別支援教育が障害児に特化した教育ではないことを認識していただく必要があると思います。障害かどうかが心配という視点だけでなく、0歳児からの子育てや教育にとって必要なことは何かという視点でも、ぜひ特別支援学校をご活用いただきたいと思います。
070906_s.gif

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

同じテーマの執筆者
  • 吉田 博子

    東京都立白鷺特別支援学校 中学部 教諭・自閉症スペクトラム支援士・早稲田大学大学院 教育学研究科 修士課程2年

  • 綿引 清勝

    東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard)

  • 岩本 昌明

    富山県立富山視覚総合支援学校 教諭

  • 郡司 竜平

    北海道札幌養護学校 教諭

  • 増田 謙太郎

    東京学芸大学教職大学院 准教授

  • 植竹 安彦

    東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士

  • 渡部 起史

    福島県立あぶくま養護学校 教諭

  • 中川 宣子

    京都教育大学附属特別支援学校 特別支援教育士・臨床発達心理士・特別支援ICT研究会

  • 髙橋 三郎

    福生市立福生第七小学校 ことばの教室 主任教諭 博士(教育学)公認心理師 臨床発達心理士

  • 丸山 裕也

    信州大学教育学部附属特別支援学校 教諭

  • 下條 綾乃

    在沖米軍基地内 公立アメリカンスクール 日本語日本文化教師

  • 渡邊 満昭

    静岡市立中島小学校教諭・公認心理師

  • 山本 優佳里

    寝屋川市立小学校

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop