2007.08.23
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「言葉よりも先に手が出てしまう子」から読みとれるサイン

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

第11回目の記事になります。猛暑が続いていますが、皆さんいかがお過ごしでしょうか。

さて、今回は「言葉よりも先に手が出てしまう子」を取り上げます。友だちが持っている物を何も言わずに奪い取ろうとしたり、すぐに手が出るので凶暴だと思われてみんなから避けられたりする子を想定しています。ただ、このような子が全て攻撃的で加害者側に回るかというと、そうとは限りません。むしろ「からかわれると本気になって怒るので、ますます面白がってやられてしまう」という場合も少なくありません。

このような、社会に不適応的な行動は「常に出る」というわけではありません。場面によって、状況によって、関わる人によって、出やすかったり、出にくかったりするのが普通です。落ち着いている場面や、やさしさを見せる場面も多いのです。そのため、余計に、周りの大人たちは悩まされることになります。以前(せいぜい5年くらい前)であれば、先生は保護者に「お宅のお子さんは困ります」と言えばそれで済んだのかもしれません。しかし、特別支援教育の仕組みや発達障害に関する知識が、保護者の皆さんにも着実に伝え始められている今、「お母さん、お父さんも実は困っている。いや、根本的には、その子自身がどうやって行動をコントロールしていけばよいのかわからず困っている」という認識に立った対応が必要不可欠です。

「言葉よりも先に手が出てしまう子」の多くは、対人関係スキル(ソーシャルスキルとも言います)につまずきを抱えています。スキルとは、技術のことであり、知識ではありません。したがって、「わかりましたか?」-「わかりました」というようないわゆるお説教や、反省文を書かせるといったその場かぎりの指導は、知識増やしには貢献するかもしれませんが、ほとんど効力がないことが知られています。スキルを向上させるにはトレーニングが必要であり、言い換えると、実際に起こりうる場面を想定してそれを乗り越える練習をしなければ行動は変容しづらいということになります。

「言葉より先に手が出てしまう子」の行動を見ていると、行動のレパートリーが極端に少ないことに気づかされます。自分が思い通りにいかない状況に置かれたとき、今までとっていた行動ではうまくいかないということに気づき、行動を修正し、再度挑戦するということがなかなかできません。自己を客観的に見つめなおす力、行動を自ら修正する力、再挑戦する力は、いろいろな行動レパートリーを「手持ちのカード」として持っているからこそ発揮できるのですが、「言葉よりも先に手を出す」という強力なカード1枚が支配的なために、それらの力がなかなか発揮されずにとどまっている状態なのだと、考え直すことが必要です。

先日、ソーシャルスキルの指導に関する専門家である佐藤容子先生(宮崎大学)のお話を聞く機会に恵まれました。先生はある実験を通して、幼児・児童ともに、友だち関係づくりがどんなに上手な子でも2回に1回は失敗しているのだと教えてくれました。つまり、新しい集団に「入れて」とか「一緒にいい?」と言って輪の中に入ろうとしても、50%の確率で入れてもらえないのだと言います。

では、友だち関係づくりのうまい子は、苦手な子とどこが違うのか・・・。それは行動レパートリーの豊富さだということでした。そのグループに入れなかったときに、(1)他のグループに行く、(2)いきなり入らずウロウロと回りながらタイミングを見計らうようについている、(3)活動の切れ目や、ドッと笑いが起きた時に「仲間に入れて」とタイミングよく言う、(4)それでも駄目なときは、前に回りこんだり、遊びに夢中になっている友だちの肩をトントンと叩いたりして注意を向けさせる、(5)「次に遊ぶの、予約ね」と後から加わることを予告する、などなどのいくつかの“代替案”が用意されているのだそうです。代替案が用意されていない場合、「拒否された」、「無視された」、「嫌がられた」と感じざるをえなくなります。しかも、せっかく「入れて」と意を決して話しかけたのにそれが成功しないなんて・・・という状況であれば、なおさら自分のレパートリーである「手を先に出す」に固執してしまうのも無理はないと思います。

必要なのは、行動のレパートリー増やしです。それは、トレーニングによってある程度は向上するものですが、最終的には、実際の友だち関係(大人であれば身近な人との人間関係)の中で成功してはじめて、自信を持って使いこなせるようになります。だからこそ、家庭や、通級学級や、特定の療育機関などの場を利用したソーシャルスキルのトレーニングでその力の「芽」を育てるだけでなく、「花」を咲かせる土壌が日常の社会や学校に必要なのです。

ソーシャルスキルのトレーニングは、障害のある子に特化した教育領域ではありません。今の社会全体に必要であると言っても、決して過言ではないと思います。

今回は、「言葉より先に手が出てしまう子」のつまずきの背景について、対人関係スキルという視点から考えてきました。しかし、実は、もっと根本的なつまずきがあるのです。字数も多くなってきましたので、別な角度からの分析を次回に行いたいと思います。連載して初めての「続きもの」になりますが、飽きずに次回も読んでくださると嬉しいです。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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