2007.07.26
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「偏食の子」から読み取れるサインと指導の方法

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

第9回目の投稿記事になります。今回は「偏食(食べ物の好き嫌いが多い)の子」を取り上げます。食べ物のこだわりが強い子に対して、学校やご家庭ではどのように指導されているでしょうか? 一般的には、「好き嫌いしないよう頑張る」、「よく噛んで食べる」、「お行儀よくこぼさず食べる」といった言葉かけがなされていると思います。でも、偏食の問題の根はもっと深いところにあります。

「食べる」という行為は、いわば、戦略づくりです。結論から言うと、食べられる戦略を頭の中でイメージできないために、「食べない」のです。

私たちは、目の前に出された食べ物を見て、無意識のうちに、こんな具合で食具(箸やスプーン、場合によっては手)を使って口まで運んで、これくらいの大きさに口を開き、一口量の目安をつけ、口の中に入ったときどんな味がするかを予測し、舌や歯やあごをどのように何回くらい動かすかをある程度見越して、最後に飲み込むときの感じまで瞬時にイメージしています。どれくらい顔を前に出せばこぼさずに食べられるかとか、歯の間にはさまったときにどう後処理をするかなどといったことまで、ほぼ無意識的に考えています。食べる前から、どう処理するかという「構え」を作っているのです。

「構え」という言葉は、スポーツの場面でよく用いられます。テニスでサーブを受けるとき、野球の守備、柔道で相手と対峙する瞬間・・・。すべて「構え」から始まります。相手を受け入れる戦略があるからこそ、身構えることができるわけですが、物を食べるさいにも、口までどのように運ぶか、口に入ってからどのように口を動かすか、飲み込むときにはどんな感じか・・・といった戦略イメージが必要なのです。噛む、飲み込むなどの摂食機能の発達の遅れや、未分化で偏りのある認知発達、どんな食事を日常的にしているか(これまでしてきたか)という食環境要因などによって食べる「戦略」が築けなかったときには、結果として偏食という状態になってしまいます。

筑波大学の川間健之助先生は、食材を迎え入れる「構え」が育っていない子の傾向として、
(1)口に入れるとすぐに味がするくらい味の濃いもの
(2)食感がクリアなもの(グミはその典型)
(3)唾液がたくさん出るもの
の3つを選びやすいと話していらっしゃいました。例えば、「白いご飯は好きだけど、混ぜご飯はダメ」という子の場合は、白いご飯だけのほうが唾液をたくさん出すという処理のしやすさに依存しています(白いご飯は丸飲みできるくらい口の中で処理しやすいのです)。野菜が苦手な子の場合は、野菜の多くが上記の3つの条件を兼ね備えていないことで敬遠してしまうようです。ちなみに、マヨネーズをたっぷりかけると、味が濃くなり、酸味で唾液が出やすくなるので処理しやすくなります(マヨネーズの酸味が苦手という人もいますのでご注意ください)。粉ふき芋は、味が濃くない上に、パサパサして歯にまとわりつき処理しづらいという特徴があります。食材を見ただけで食べようとしないのは、「処理しきれない」という自信のなさの裏返しなのだろうと思います。

「がんばって」「くりかえし」食べさせ、嫌がっても「我慢させ」「慣れさせて」いくという反復学習は、もしかしたら難行苦行に近いことを強いているのかもしれません。まずは、(1)食べられるように調理することと、(2)食べる構えを作ることを指導の基本にしてください。

では、食べる構えを作る指導とは、どのようにすればよいのでしょうか。私は、「口に入れなくてもいいから、下口唇に当ててごらん」と話しています。下口唇は、食材の性質を感じるセンサーの役目を果たしているといいます。まずは下口唇に自分で当ててみること、それができたら、今度は舌を出して、舌先に当てることを目標にします。「構え」ができれば自分から食べるようになるので、あとはその瞬間を待つのみです。

ところで先日、学びの場.comの編集者の呼びかけで、つれづれ日誌の親筆者が集まる機会があり、「オフ会」が実現しました。夜は中華料理のお店だったのですが、カニのチリソースという「戦略」の立てづらい食べ物が出ました。カニの甲羅がついた状態でチリソースに絡まって出てきたのです。私はこっそり、皆さんがどのように食べるか観察していました(参加された皆さん、すみません)。甲羅から身をじっくりとほじくり出していた方。箸である程度の大きさに切ってから口に入れ、口の中で身をこそぎ取って甲羅を出していた方。最初は身を取り出すために頑張っていたけれど、途中で大雑把になった方。私はというと、結局、戦略らしい戦略を立てられず、甲羅も身もそのままの状態で口の中に運び、ガシガシと甲羅ごと食べてしまいました。食べるという行為はその国の食文化の継承だと思いますが、個人個人の食経験の産物でもあるわけです。したがって、とりわけ学校教育の場では、教師は、個人のやり方を押しつけてはいけないということを改めて認識する必要があると思います。
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川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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