2007.07.12
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特別支援教育で何が変わるか

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

これまで「特別支援教育」に関することがらを取り上げてきました。しかし、具体的な障害名を挙げて対応法を考えることや、クラスの中で「特別」に扱われるべき事例を紹介すること等は一切してきませんでした。このことに疑問を感じていらっしゃる読者の方もいらっしゃるかもしれません。

最近、学習障害やADHD(注意欠陥・多動性障害)、高機能自閉症等(自閉症スペクトラム、広汎性発達障害、アスペルガー症候群などを包含してこう呼びます)といった「見えにくい障害」への理解が進みつつあると言われています。しかし、私が学校現場や社会で、肌で感じる感覚は、決して理解が進んだとは言い切れない現状が残っていると思います。特に、上記の3つの障害の名称や医学的な診断の基準が先行的に流入しているケースが多く、「何かが不得意である状態」を3つの障害のいずれかに振り分けてその子を見ようとする傾向が強くなります。「あの子はちょろちょろと落ち着きがないからきっとADHDだ」、「場にそぐわない発言が多いから、アスペルガー症候群的だな」といったふるい分けが行われるわけです。

もちろん、特別支援教育以前の時代に「困った子」、「問題児」、「トラブルメーカー」扱いされてきたことと比べれば、“ふるい分け”も大きな前進であるとは思います。でもどうやら、分類されることと、その子の「つまずきの源流」にまで踏み込んでもらえることとは別の次元にあるようです。

一つの事例を紹介します。小学校低学年の男の子で、国語の時間の音読を極端にいやがる子がいました。集団で音読しているときには、口がモゴモゴと動いているだけで、はっきりとした音読になっていません。一人で音読させようと指名すると泣いて拒否します。担任の先生は、特別支援教育の研修などで配布されたチェックリストを見ながら、「この子は、読みのLD(学習障害)があるのでは」と思いました。そこで不得意な音読はできるだけさせないようにし、心理的な負担を軽減しました。

教室で彼の様子を見せていただいたとき、担任の先生がおっしゃるほどの「できなさ」を私は感じませんでした。それよりも、そのクラスでの「音読のスタイル」が彼に合っていないのを強く感じました。一回に音読する範囲が広いため、教科書を持ち続けたまま立つ姿勢が崩れやすくなっていたのです。その子だけでなく、クラスの中の何人かは、姿勢の崩れが目立ちました。机によりかかったり、教科書を目の前に持っていられなくなって机上に置いたりしていましたが、そうすると今度は教科書と目の距離がとても大きくなってしまうのです。当然のことながら、文字とばしや行とばしが出てきてしまいます。椅子に座って音読できるようにすること、教科書を安定する位置に置くこと、音読の範囲を狭くすることなどのごくごく簡単な手立てだけで、その子は拒否の姿勢を緩めました。

彼のつまずきの「真犯人」は、(1)低緊張(姿勢を長時間維持できない)と、(2)視知覚の弱さ(目で見てものの形を認識したり、頭の中にある情報と組み合わせたりする力が弱いため、情報処理の量や時間に配慮が必要)のようです。そこに、担任の先生の「個人的なやり方」という環境要因が加わって、音読ができないという状態になっていたのだろうと推測しました。

「先生が子どもたちのために明日からできること」(http://harue.no-blog.jp/forteachers/)という素敵なブログを公開している金子春恵先生は、子どもたちをカテゴライズ(分類)することよりも、プロファイリング(つまずきの犯人さがし)をすることのほうが重要だと述べています。私も同じように感じています。教育の現場では、ことさらこの姿勢が求められるのではないでしょうか。

私は、発達障害(かもしれないと思われている場合を含む)の子どもたちのもつ共通性よりも、多様性や個別性をまず大切にし、その多様性をひもといていきながら、特別支援教育として普遍化できるものが見えてくるのではないかと思っています。

あらためて言います。特別支援教育とは、「子どもたちを新しい枠組みにおさめる教育ではなく、新しい視点でその子をみなおす教育」なのだと思います。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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