2007.06.28
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「なぞり書きはできるのに、見ないで書くのが難しい子」から読みとれるサイン

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

第7回の投稿記事になります。この記事が掲載される頃には、「実践の場から」のコーナーでも「特別支援教育」が取り上げられているはずだと思います。ぜひ、そちらもご覧いただきたいと思います。

さて、今回は、字を書く学習の場面で「なぞり書きはできるのに、見ないで書くのが難しい子」を取り上げます。

小学校1年生では、ひらがな、カタカナの学習とともに、漢字の学習がはじまります。それから中学校3年生までの間に、実に1,945字の漢字の読み書きを習得することになります。9年間という時間をかけて、1,945パターンを見分ける力と書き分ける力が育つ、というわけです。

小学校1年生では80字、2年生では160字ですから、低学年の2学年の間に、少なくとも240のパターンの違いを見分け、書き分ける力が必要になります。

間違い探しゲームなどをする場合を思い出していただくとイメージがつかみやすいと思いますが、違いに気づくためには、文字全体の形を把握しながら部分的なポイントにも着目する力が必要です。そのため、見たとおりの文字の形を認識したり、脳の中で見なくても思い出したり(再構成する)力が弱いと、字を書くことにつまずきやすくなります。(例えば、「人」と「八」と「入」は、ほぼ同じ要素の2つの線分でできています。全体がどのように構成されているか、部分的にどこに違いがあるかを瞬時に見分ける力が求められます。)

また、「この文字を書くにはこういう書き順で・・・」という運動想起の力が弱かったり、 実際に書く動作を再現する力が弱かったりする場合も、字を書くことに苦手意識を感じてしまいやすくなります。疑似体験をしたい場合は、利き手と反対の手にペンを持って、字を書いてみてください。きれいに書こうと意識しても、利き手ほど手がいうことを聞いてくれないのがわかると思います。頭の中に文字のイメージがあっても、思った通りに字が書けないという状態はフラストレーションがたまります。

新しい漢字を教えてすぐにできる子どもがいる反面、書く際の注意ポイントをいくら教えてもなかなかできない子どもがいます。そうした子どもたちに「がんばればできる」、「繰り返せば習得できる」と励ますのは、「杉林に行って頑張れば花粉症が治る」と言っているようなものです。学習すること自体、もっと深刻な場合は、そんな指示を出す先生に対する苦手意識が高まってしまいます。逆に、上記の力のどこかにつまずきがあって、結果的に書けないという事態に陥っているのだと理解すると、指導の幅が広がります。

具体的な手立てとしては、以下のようなものがあります。

(1)書き順カードを一枚ずつ提示し、一画ごとの「運動の方向」を言語化しながら練習する(写真上)。

(2)部首の組み合わせを「おひさまの右側に青空を書くと晴れ」といったように、書くものと書く位置がわかるような言語化をしながら練習する(写真中)。

(3)漢字成り立ちカードを示し、「火が燃えている様子」をイメージしながら「火」の形を大まかにとらえて練習する(写真下)。

ところで、(1)~(3)のような工夫をしても、なぞり書きからなかなか卒業できない子がいます。どのように手指を動かしてよいか、体を思うように動かす感じがわからないのだろうと推察できます。簡単に言ってしまえば、頭ではなく体の運動感覚(キネステーゼ)のイメージがわかないため、「できそうにない」と思ってしまうのです。この場合は、その子の正面から手をとって、動かし方を教えてあげる必要があります。こうすれば鉛筆の握り方も修正できますし、どこを見ればよいのか、目の使い方も教えてあげることができます。

巡回相談で授業の様子を拝見させていただくと、「なぞり書き」から「見ないで書く」の間の手立てを身につけている先生がほとんどいらっしゃらないことに気付かされます。最近では、校内研修などの場で、どのように手をとり、どのように動かせば効果的かをお伝えすることが多くなってきました。

ある小学校に、研修の1週間後に再度うかがったとき、1年生の担任の先生が笑顔で報告にきてくれました。「びっくりしました。ものすごくきれいな字を書くようになったんです!」 先生も手をとって指導することが楽しくなったそうです。

あらためて言います。特別支援教育とは、「できなかった子どもがやってみたいと思えるような学習の機会を用意すること」だと思います。
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川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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