2007.05.17
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「友だちとのトラブルが絶えない子」から読みとれるサイン

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

第4回目の記事になります。今回は、「友だちとのやり取りが下手な子、対人関係でトラブルが絶えない子」を取り上げます。

クラスの中には、自分の立場ばかり主張してしまう、場の雰囲気が読めない、相手の気持ちを理解しようとしない、こだわりが強く周りを認めようとしない・・・といった傾向が強い子がいます。時には、わがまま、自分勝手、自己中心的・・・と否定的な見方をされてしまう子どもたちの行動が、実はサポートを求めている重要なサインなのですが、気づいてくださっている方がどれくらいいるでしょうか。

幼児期前半に目覚めた自我は、3歳頃に約束ごとが理解し始めるさいの源となり、ルールの中で行動する経験を経て、少しずつ周囲に許容される範囲を知ります。それと同時に、自我は、自分に自信をもつことにも貢献し、次の学習に挑戦しようとする意欲や、学習や行動の誤りを修正する力の発揮にもつながります。小学校入学後も幼児期後半の延長で、自己主張という形で強く出てしまう子が多いのですが、やがて学校生活に慣れるとほとんどの子が落ち着いてきます。その一方で、いつまでも自己主張傾向が強く出てしまい、些細なことで衝突を繰り返す子が目立つようになってきます。

ほとんどの場合、行動面での幼さが指摘され、「相手の気持ちをもっと考えなさい!」という指導を受けるようです。小学校への巡回相談に出向くと、休憩時間の直後、いわゆる授業の導入前の時間に、このような場面によく出くわします。先生は戒めの気持ちを込めて多少厳しめに、そして本人が納得した(ように見えた)のを受けて授業が始まります。ところが、またしばらくすると同じような場面があって、同じように注意を受けてしまうのです。

当事者どうしを呼んで、クラスのみんなから少し離れたところで言い分を聞いているような場面を見かけることもあります。でもなかなか互いの意見の食い違いが埋まりません。次第に授業の遅れを気にしだした先生が、たまらず「双方痛み分け」の裁定を下します。納得させたように見えて、実は互いの気持ちにさらに火をつけていた・・・なんてことも珍しいことではありません。

この「教育つれづれ日誌」の4月18日の記事で、執筆者のお一人である須藤綾子さん(株式会社内田洋行)が、研修中に学んだ言葉を記事にしていらっしゃいました。引用させていただくと、「常に相手の気持ちを考えて行動しなさい。自分勝手なことをしてはいけない。」という言葉です。学校でも社会でも大事な規範の一つだと思います。ところが、「相手の気持ちをよく考えて」的な言い方では、よくわからない子が実際にはクラスに(大人の社会にも)いるのです。と言っても、知的な発達に遅れがあって理解力が乏しいというわけではありません。相手の気持ちや状況や物事の背景がどうなっているのかを読み取りづらかったり、自分の行動がどのような影響を及ぼしているのかを客観的に点検・修正する力が弱かったりするつまずきを抱えているのです。

これらの背景には、以下のような要因があります。複数の要因が絡み合っていることもあります。
・記憶の弱さ(以前にあった類似した経験との結びつけがしにくい)
・ことばの使い方の弱さ(場面ごと・状況ごとに異なって使われる意味、含みのある言い回しを理解しづらい)
・メタ認知の弱さ(ちょっと難しい言い方ですが、こうすればうまくいくといった自分を客観的に感じる見方の困難)
・自分の身体のコントロールの弱さ(前回の記事でも触れましたが、自分の身体の動かし方がわかりにくいと、当然ながら動作が稚拙になりやすくなる)
・視知覚・聴知覚の弱さ(状況の中から、必要な視覚情報・聴覚情報を取り出すことが難しいため、結果的に状況判断が困難になってしまう)

こうした困難があると、「相手の気持ちを考える」ことは難行苦行を強いられていることに近い感じになります。指導者としては(家庭でも)、少なくとも、「相手はこう考えているよ」、「相手にはあなたの行動はこう見えているよ」と、その子に理解できる形で示してあげる一工夫が必要です。

特別支援教育の現場では、その子の状況判断を支えるツールとして、簡易な絵を使うことがあります(写真参照)。「コミック会話法」(キャロル・グレイ,1994)といって、漫画の登場人物のように本人を登場させ、その場面での実際の会話をセリフとして書いたあと、見えなかった相手の気持ちも書き込んで示すのです。こうすれば、相手の気持ちがその子に「見える」形になります。また、記憶に残りにくい言葉だけでの諭しではなく、いつまでもふり返ることができる視覚情報を示すという効果もあります。こうして、自分がどう行動すればよかったかを一緒に考える土台ができるのです。

子どもたちは普通、「ボクにはよくわからないので、視覚的に示してください」とは決して言ってくれません。そう言わないかわりに、指示に従わない、ただ突っ立って状況を見ている、どこかへ行ってしまう、かんしゃくを爆発させる、何であれ、今 していることをし続ける、何かよくない他の行動をとる・・・などの行動をとります(ジェニファー・L.サブナー,ブレンダ・スミス・マイルズ,2006)。どうやら、身勝手に見える行動は「状況を視覚的に提示してほしい」というサインだと理解したほうがよいようです。

かく言う私も、小学校の通知表には、6年間欠かさずこの類のことが書かれ続けました。
・相手の意見をよく聞いた上で、自分の立場も理解してもらうように指導していきたいと考えています。
・お友だちに対してもう少し寛容な態度で接し、やさしさが持てるようになれば・・・。
・相手の意見も取り入れ、自己主張し過ぎないよう気をつけましょう。
・思いやりをもって人と接することの大切さを指導しています。 などなど
6年間書かれ続けたということは、どの学年でも効果的な指導を受けてこなかったということの証左なのかもしれません。当時は、「相手の気持ちを考えて」でよかったのでしょう。だから、当時の先生方を責めるつもりはありません。でも、今は、特別支援教育という効果的な教育ツールが身近に存在する時代です。当時に遡ることができたなら、活用を進めているところかもしれません。

あらためて言います。特別支援教育とは、「今まで見落としてきたことを省みる教育」だと思います。
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川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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