2007.04.19
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「板書を書き写すのが苦手な子」から読みとれるサイン

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

第2回の投稿記事になります。今日は、「板書を書き写すのが苦手な子」を取り上げます。

「板書を写す」。あらためて説明を加えるまでもないことかもしれませんが、黒板に書かれた文字や図を手元のノートに書き写す作業のことです。小学校1年生の教室では、先生方もしっかりと板書の時間をとってくれるのですが、一通り文字の学習を終えた2年生あたりから急に「この子は板書を写すのができない」という先生からの相談が増えます。

「板書を写すのが苦手みたいだ」と気づいてもらえるのはまだよいほうです。「ノートをとれないので困る」とおっしゃる先生も少なくありません。教える側として都合が悪い子になってしまうのは、予定していた授業の進度が気になるからでしょうか。

「板書を写すのが苦手」という目に見える状態の背景には、実は、その子がどんなことに困っているのかを読みとるサインが隠されています。

例えば・・・

①先生の話を聞く・黒板を見る・ノートに書く、といった複数の作業の同時進行が苦手で、書き写すのに時間がかかる。

②前方の黒板と、手元のノートの「視線の往復運動」が苦手で、焦点を合わせているうちにどこをうつしとっていたのかわからなくなってしまう。

③教室内の掲示や周りの友だちの動きに興味が向いてしまう。

④見たものを覚えておける範囲が少ないので、何度も黒板を見なければならず疲れてしまう。

⑤記憶の保持の時間が短いため、何度も黒板を見なければならず疲れてしまう。

⑥物事を全体的に考えることが苦手で、局所的なところばかりに目が向いてしまう。

こうした背景があるとすれば、書き写すのが苦手なのも無理はありません。でも、子どもたちは、自分自身にこんなつまずきがあることを多くの場合知りません。そのため、必死でやっていたノートテイクが、やがて悩みの種になり、苦痛と写しきれなかった挫折感が大きくなるにしたがい、いつの日か「ノートをとらない」ことに行き着いてしまった・・・、そんな子もいるかもしれません。こうならないようにするために、先生が気づいて、うまくできる方法を考えてあげる必要があるのだと思います。

見た目の行動と、その背景にあるつまずきの要因は、よく「氷山」に例えられます(左図参照)。一人ひとりのつまずきの背景を重視し、適切な配慮や支援を考えることは教育の根本を見つめ直すことにつながるのではないでしょうか。

さて、支援の具体的な事例です。写しやすい板書を心がけている先生方には、共通の特徴があります。

①量は少な目、小分けにする(高い山の登山よりも、低い山の登山のほうが気持ちが楽)。

②行間をあける(視線の往復の間の「行飛ばし」を防ぐ)。

③強調したいところは枠で囲む(注意をひきやすくする)。

④言葉や文章は短く(記憶しやすい)。

⑤事前に短冊を用意する(先生が書く時間を減らすことで、子どもたちの時間を長めにとる。また、黒板に画用紙のほうが、チョークで書かれた文字よりコントラストが高いため、注目しやすい。)。

⑥席は近くにする(視線の移動が少ない。先生が近くに寄って読みあげることができる。)。

⑦「話を聞く」/「ノートに書く」の時間を分ける(ノートを書く時間は、先生も黙ってあげる)。

⑧乱雑な字でも書いたことを認める(苦手な子にとっては、綺麗さよりも達成感が重要。細部に気をつけて丁寧に書く指導は別の機会に行う。)。

⑨得意な教科から書き写す量を増やす(好きな教科なら、モチベーションも高い)。

そして、ごくわずかですが、板書と同じ内容のプリントを用意している先生にも出会いました。こうすれば、手元に置きながら書き写すことができ、視線の移動距離はかなり短くなり、心理的・物理的な負担が減ります。書き写すことよりも理解することのほうが大切という理由からだそうです。賛否はあるかもしれませんが、黒板とノートの往復に疲れてしまう子にとっては適切な工夫だと感心しました。

あらためて言います。特別支援教育とは、「苦手の背景に気づき、できるようになるにはどうするかを考える教育」だと思います。
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川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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