2015.09.08
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本当に必要な支援とは ~ 見方を変えてみる

東京都立白鷺特別支援学校 中学部 教諭・自閉症スペクトラム支援士・早稲田大学大学院 教育学研究科 修士課程2年 吉田 博子

 昨今の教育動向において、様々な政策が打ち出され、学校現場は絶えず変化を求められています。教育内容や教育方法、「わかりやすい授業」について、新しい考え方や手法があれば、それらが直ちに教育活動の中で試行され、検証されて、時代と共に教育研究や授業改善も進歩しているように思います。しかし、私たち教師は方法論を追うばかりではなく、児童・生徒を主体に置き、教育の本質について再考察する時期にあるのではないかと考えます。

 

教育研究と実際

 研究が進むにつれ、教材や方法論が注目されるようになりました。しかし突き詰めて考えてみると、時として最も肝心な児童・生徒の実態やニーズが置き去りにされていることがあるのではないかと思うところもあります。私たち教師は、知識や方法を知るとそれに甘んじてつい安心してしまうことがあるように思います。しかし、大切なのは必要な時に必要な支援が本当にできているかということであり、児童・生徒の実態を理解せずに教える内容や指導方法を語ることは難しいことだと思います。児童・生徒の発達段階や得意不得意を知ると、どのような支援があれば彼らの理解に結びつきやすくなるのかが見えてきます。全ての児童・生徒にとって、どのような支援が適しているのかということをよく観察し、子どもに届く教育を考えていくべきだと思います。
 

便利な時代の産物

 最近はパソコンやタブレット、スマートホン等の普及に伴い、情報を手軽に得られる便利な時代となりました。その活用を通して多くの学びを得られるようになり、実際的にICT教材を使った学習は、児童・生徒の学習理解に有効であることに違いありません。一方で、すぐに情報を得られる環境に身を置くことで、実物を自分の目で見て、手で触れて、音を聴いて、肌で確かめられるような体験や、それに基づいて自分自身が感じたことを考察するような機会が減少していることも念頭に置き、活用の仕方にも留意したいところです。

 

視覚支援教材で注意したいこと

 視覚支援教材を活用すると、児童・生徒にとって課題をわかりやすく伝えることができ、活用の仕方によっては教育効果も格段に上がります。教師にとっても教材の作成しがいがありますし、工夫次第では一つの題材を多岐に発展させることも可能でしょう。そして、何より特別支援教育においては、発達障害のある児童・生徒にとって、視覚情報を手掛かりとしてよりわかりやすく伝えることはとても有効な手立てとされています。特別支援学校においても、視覚支援教材が大いに普及しており、ICT活用はじめ、写真カード、シンボルカード、文字カード、手順表などの教材が多く工夫され使用されています。しかし、それらが実際に本当に児童・生徒の理解への手立てとなっているのか、アセスメントによる確認が必要だと考えることもあります。かつての教え子が「学校の先生って俺ら生徒に写真やパソコンの画面さえ見せておけば、わかりやすく伝わると思い込んでないか?」と言っていたことをたびたび思い出すのです。真髄を突かれた気がしました。児童・生徒の中には、「見る」ことが難しい子どももいます。「見る」と一言で言っても、視知覚のこと、目と手の協応のこと、眼球運動のことなど、視覚関連のスキルも細分化されます。その教材に注視をすることができるお子さんなのか、写真やイラストで見たことを実際の現象に結びつけて理解することのできるお子さんなのか、見たものを活用するための操作ができるお子さんなのかなど、様々な認知のタイプがあることも知っておくべきです。例えば、児童・生徒が映像画面の方向を見ていたというだけで、必ずしも「興味・関心をもって学習に取り組んでいる」「学習内容を理解している」という評価に値するとは限らないでしょう。私たち教師は、視覚支援教材が有効だということを知り、教材も多く作っていますが、その題材の「見せる方法」を追求するあまり、児童・生徒のニーズに応じた支援をすることについて疎かになるというようなことに陥っていないでしょうか。教材は、ただ見せれば良いのではなく、教育効果を高めるため、学びの意欲を促すための「視覚化」の工夫や活用がポイントとなるのだと考えます。一人一人の児童・生徒にどうやって伝えることが本当の意味で理解の促しの一助となるのかということも、常に問いながら指導にあたる必要があるように思います。そして、一人一人の児童・生徒の理解の仕方に合った教え方があり、児童・生徒の学習意欲に結びつく授業の在り方についても考えていきたいものです。

 

「失敗させないこと」と「体験させること」

 さて、発達障害のあるお子さんの早期発見、早期療育については、今では当たり前のように必要だと言われる時代となりました。実際、私自身も自閉症スペクトラム障害や発達障害の生徒と多く接してきた中で、様々な理由から主障害だけではなく二次障害を抱えるケースは大変に多く、幼少期からの周囲の適切な理解や支援、教育の必要性を強く感じています。早期支援を実施することにより、失敗経験や困難状況に極力直面させず、自信や自己肯定感を育みながら社会に適応しやすい生き方のスキルを獲得させられるという点で、メリットは多くあるように思う一方で、最近は必ずしもその全てが正しいとは断言しきれないと思うところもあります。ある当事者の方からお話しを伺って「目から鱗」と感じた内容ですが、「支援を受けることに慣れてしまった子どもは、能動的な思考をしたり行動をとったりする機会が減る」との見方があるということです。「障害」という制約が多い世界の中で、様々な困難や課題に直面し、それでも試行錯誤しながら独自の方法を編み出した時、そこで独創的発想が産まれることがあるのです。失敗経験というものは、耐性の強くないお子さんにとっては負荷となり、マイナス面に作用する場合も多々ありますが、それでもその体験と体験に纏わる思考や感情には大きな意味があり、必ずしも失敗をさせないために体験自体を排除することが発達障害のある児童・生徒とって良いとは言い切れないとのことでした。すると、教育においても単に「正しい方法を教える」ことが、即ち児童・生徒の本当の理解や解決に至るということではないように思います。児童・生徒が問題に直面した時に、そこからどう立ち向かい、どう課題を解決するかということが大切なのだと思います。その手伝いをするのが本来の教育の役割ではないかと思うのです。「学び」というものが受容的なものではなく能動的なものであることが重要だと考えます。私個人としては、生きづらさのある二次障害を抱えた生徒を多く担当してきたこともあり、早期発見や早期対応を勧める立場であることには変わりないのですが、一方で、別の角度からの考え方があることも頭の隅には置いておきたいです。刺激を軽減したり排除したりすれば、きっと生きやすく穏やかな生活が送れるのかもしれません。しかし、人間は本当に刺激のない生活を望んでいるかというと、決してそうではないのです。その刺激によって良くも悪くも人生が彩られるのでしょうから、刺激の一要素でもある「学びの機会」というものはいかに大切なものなのかと改めて考えさせられます。いずれにせよ、「何が正解である」とか「何が間違っている」とかいうことはなく、そのお子さんにとって「今どのような支援や教育を提供することが最も良いのか」を常に慎重に検討されるべきだと考えます。

 

「答え」よりも「過程」

 知人の理系大学の先生がこのように言いました。「最近は正解を知っている学生は多い。でもその答えに至るまでの過程と、答えの先の発展がない傾向にある。考えないで答えを簡単に見つけてくるのが上手くなっている」と。大学教育でも、学生に問題の解き方を繰り返し伝えてトレーニングを重ねれば、いずれ学生は問題を解けるようになり、さらに言えば、学生の正答率が上がれば担当した教員は『良い指導をした』と評価されることでしょう。しかし、学生の正答率が上がったとしても、実際の問題解決能力が上がったかどうかについては評価が難しいところでしょう。特にエンジニアを養成するような分野の理系大学の学問に代表される課題として、最終的に求められるのは「問題解決能力」であり「自立」なのでしょう。すると、必ずしも「教えすぎること」が良い指導とは限らず、時には意図的に学生に失敗経験をさせることや、その失敗からの立ち上がりや考察を見守る勇気も必要とのことです。そして「過剰支援は一見にして教員が一生懸命に教えているように見えるかもしれないけれど、いくらやっても結果として次に繋がらないような教育では教員の自己満足でしかない。」と。これは、大学教育に限らず、全ての教育にも当てはまることではないかと思いました。本当に大切な学びというものは、単に「正解を知ること」ではなくて、ゴールに行き着くまでの「過程」にあるのではないかと考えます。そしてその過程の中での教師とのやり取りこそが、まさに「教育」と呼べるものなのではないでしょうか。答えを教えるだけなら、実は簡単なことのような気もします。しかし、児童・生徒の疑問や迷い、葛藤に寄り添い、「学びたい」「学ぶことが楽しい」と思えるような環境を作ることこそが教育の大切な役割なのだと思うのです。

 

「与える」から「引き出す」へ

 教師が児童・生徒の成長を願って指導する内容も、児童・生徒のニーズにマッチしている課題なのか、その子どもの生涯にとって本当に意味のあることなのかいうことを、よく考察しなければならないと思います。それは児童・生徒にとって、ただ与えられるものではなく、生徒自身が与えられたものを駆使して個人の思考や生活の中で活用するような発展性があるのかということも肝心だと思うのです。以前、こちらで投稿させていただいた、『自閉症スペクトラム障害の特性に応じた器楽指導の一例』の中で、大事にしたいことはスキルの向上だけではなく、音を介したやり取りにあるといった内容をお示ししました。教育において大切なのは、学ぶ内容だけでなく、学びの過程にこそあり、その過程が教えて育てる『教育』なのではないかと考えます。教育において、メソッドやテクニックが必要であることは前提としていますが、ただ教師がそれらに走ったり自身の教え方に固執したりするのではなく、それらを十分に吟味し、児童・生徒にとって本当に必要となる手立てを講じるべきです。そして、児童・生徒の学習意欲を引き出し、能動的に学べる環境の提供こそが教育の役割だと考えます。

 

感謝に寄せて

 この4月から学びの場に投稿させていただいておりますが、約半年の間に、投稿を通して全国の多くの方々との新たな出逢いや繋がりのご縁に恵まれました。教育関係の方を始め、当事者の方、福祉や医療関係の方、教員を目指す学生の方、また学びの場の投稿者同士の繋がりもできて、私自身も皆さまの発信から多くの刺激や活力をいただいております。先月には、こちらの投稿からFacebook経由で知り合った北海道の小学校の3名の先生方に実際にお会いする機会がありました。それぞれの分野で大変熱心に教育実践に取り組まれ活躍している方々で、たまたま年齢も近く会話も弾み、私にとって心を通わせることのできる友人関係を新たに築くことができました。友人が発する言葉や発想は、私にとって一つ一つが新鮮でとても興味深いものでした。試しに書籍を購入してみると、その文章からは、特別支援教育畑の教員である私には聞き慣れない言葉もたくさん存在して、自分が知らなかった教育の世界がこんなに広かったのだということに改めて気づかされたのでした。今や特別支援学校の教育の視点を通常学級に取り入れたるような時代ではなく、むしろ逆から学ばせていただくことも相当に多いのではないかと思います。一斉指導の授業の中で特別支援教育の必要な児童・生徒に個別支援を工夫されている先生方の実践や、さらなる先進的な試みは、まさに特別支援学校でも取り入れられるべきであり、私にとってこの出逢いは自身の視野を広げるきっかけとなりました。拙い発信しかできておりませんが、このような機会に恵まれたことに心から感謝しております。

 

参考文献

『THE教師力』 堀裕嗣(明治図書出版) 2013年
『THE見える化』 藤原友和(明治図書出版) 2015年

文献紹介

『「ファシリテーション・グラフィック」入門』 藤原友和(明治図書) 2011年
『小一教育技術 9月号』(小学館) 2015年
『学び合う教室・育ち合う学校~学びの共同体の改革~』佐藤学(小学館) 2015年
『これからの発達障害のアセスメント-支援の一歩となるために』黒田美保(金子書房) 2015年 

吉田 博子(よしだ ひろこ)

東京都立白鷺特別支援学校 中学部 教諭・自閉症スペクトラム支援士・早稲田大学大学院 教育学研究科 修士課程2年
知的障害特別支援学校の中学部で自閉症学級を担当しています。子ともたちのニーズに寄り添う支援について、実践紹介を交えながら皆様と共有させていただければ幸いです。

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