2015.08.03
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非行や犯罪に対する教育的支援 ~多機関連携の必要性

東京都立白鷺特別支援学校 中学部 教諭・自閉症スペクトラム支援士・早稲田大学大学院 教育学研究科 修士課程2年 吉田 博子

 昨今の痛ましい少年犯罪事件において、子どもの発達障害が疑われ鑑別されるケースが増えています。行動の背景を理解するために、子どもの生育環境や発達上のエピソード分析は欠かせません。しかし誤認してはいけないのは、発達障害があるから犯罪を犯すのではなく、犯罪を犯した子どもが発達障害だったということなのです。障害は、人格形成に影響する重要な要因にはなり得るとしても、決して犯罪性を高める直接要因ではありません。適切な支援を受け、安定した環境で教育を受けていた子どもは、例え発達障害があったとしても社会に適応することは十分に可能です。言うまでもなく、特別支援教育の役割はとても重大であり、発達障害のある子どもを正しく理解して適切に育てるべく、司法と教育との連携の必要を強く感じています。

 

法改正による司法窓口の拡大

 少年院法及び少年鑑別所法が改定され、今年6月から施行されています。この新たな法律のポイントとして、少年鑑別所法が少年院法から独立した法律として制定されたことや、再非行防止に向けた取り組みの一層の充実などが挙げられます。中でも特に注目するべき点は、少年鑑別所において相談窓口が本来業務として取り扱われるようになったことです。子どもや保護者からの直接相談をはじめ、関係諸機関からの依頼に基づく専門的支援など、地域の非行や犯罪の防止に向けた援助業務を積極的に実施しています。今後、少年鑑別所がより身近になり活用しやすくなっていくことが期待されます。学校現場においても、子どもの問題行動に対する指導や支援に困難をきたす場面も少なくない現状にあり、専門的機関と連携するニーズがあります。非行や犯罪に至る事件化を未然に防ぐ意味でも、専門的なノウハウをもつ少年鑑別所はこれから支援の大きな役割を担う機関の一つとして、学校との連携が期待されるのではないかと考えています。

※相談窓口一覧表(法務省ホームページより)

http://www.moj.go.jp/kyousei1/kyousei_k06-1.html

 

少年鑑別所を見学して

 在学している大学院で「少年司法と教育」という講義を選択していて、以前その授業の中で少年鑑別所を見学させていただき、職員の方に少年鑑別所の役割についてお話しを伺う機会がありました。少年鑑別所とは、法務省所管の施設であり、「家庭裁判所の求めに応じて鑑別対象者の鑑別を行うこと」「観護の措置が執られて少年鑑別所に収容される者等に対し、健全な育成のための支援を含む観護処遇を行うこと」「地域社会における非行及び犯罪の防止に関する援助を行うこと」を業務としています。非行や犯罪に至るまでの原因や背景を調査し、今後の子どもの更生について、専門的知識や技術によって支援プログラムを検討します。その結果は鑑別結果通知書として家庭裁判所に送付され、審判や少年院、保護観察所での指導・援助に活用されます。『非行少年』とされる多くの子どもたちは、教育環境に恵まれず、家庭や学校での不適応に対して適切な支援を受けてこなかったケースが多いと考えられています。周囲から理解されず、自尊心や自己評価と他者評価が相互に低下し、非行が助長されるケースも多いのではないでしょうか。見学を通して、子どもたちが非行や犯罪の加害者になる前に、教育にできる手立てはどんなことなのだろうか、実際の支援にその手立てをどう生かしていったらよいのか、教育の役割や責任について、深く考えさせられました。

 

非行や犯罪が起こる前に教育ができること

 今回の内容では、支援の実際を語るのではなく、関わったお子さんの支援を通して私自身が連携先諸機関から学んだ内容や「学校や教師の課題」と感じていることをお伝えしたいと思います。

 反社会的行動や非行、犯罪を起こした子どもたちの支援においては、その事件以前の彼らの生育歴において、周囲の理解や支援がいかに大切なものか、また、現実的にはそれらがいかに疎かにされてきたか、事例の支援を通して実感しました。事件後になって初めて対応されるケースが殆どで、未然の専門的支援はほぼ実施されていない状況でした。

 しかし、問題となる行動を辿っていくと、その根源となるところにはどのケースにも共通して子どもの「不安」がありました。特に発達障害のある子どもは、不安を感じる状況において、こだわりを強めたり衝動的な行動の抑制に失敗したりすることが起きやすいものだと認識しています。その不安への対応が軽視され、子どもが発信したSOSに気づかれないことがあまりにも多かったのです。そして、子どもが失敗して起こしてしまった行動に対して、後から叱責したり滔々と諭したりするケースも少なくありません。しかしそれは、責任の所在を子どもの側に置いているのではないかと考えるのです。その前に私たち教師がするべきは、責任の所在を自分たちの教育内容や教育方法に向けることです。子どもの健全な発達を促すために、個々の課題やニーズに応じた指導や支援を十分に検討し実施していくことが教師の責任であり、使命であるのではないかと考えます。

 また、発達障害の社会的な理解に向け、時には教育分野が啓発的な役割を担うことも必要となるでしょう。もちろん、被害者となり傷を受けたご本人やご家族に「発達障害に起因する問題行動」についてご理解を求めることは当然のことながら難しいでしょう。ですから、教育は、非行や犯罪を未然に防ぐべく、子どもたちに思考や行動の善悪について真の理解に至るように日常的な働きかけをしていくべきだと考えます。具体的には、不安の解消や軽減に向けて子どもの生活環境を整備したり、援助サインを出すスキルを伝授したり、意図的なやり取りを通じて自己意識の調整や物事への折り合いをつけられるような機会を設定したり、対人場面において相手にとって適切な反応ができるような対人行動を練習する場面を設定するなどといった、教育的観点での支援が必要だと考えます。それに加えて、子どもの理解者や支援者となるサポート機関を増やし、多機関が専門的かつ組織的に支援できるような連携力もとても大切です。

 

医療診断と発達障害への理解

 特別支援教育が注目されるようになり、その関心を反映された結果か、昨今学校や家庭で子どもの様々な行動について問題視されたとき、「これは発達障害が疑われるのではないだろうか」と案じられるケースが少なくないように思います。「うちの子は困った行動ばかり起こすから発達障害なのではないか」「私は集団にうまく適応できないから発達障害かもしれない」…。こればかりは、ご本人の困難度と行動特性などを医療に相談し、診断を受けるしかありません。ただ、医療現場においても、近年の発達障害の急増や、診断基準の変更に伴い大変な混乱があるようです。例えば、これまでの診断基準であったDSM-4では、自閉症の診断の特徴として『三つ組モデル』が通説でした。学校現場においても、自閉症の3つの特徴については「コミュニケーションの障害」「社会性の障害」「想像力の障害」と認識されるようになりました。実際のDSM-4では、この三つ組モデルを、「対人的相互反応における質的な障害」、「意思伝達の質的な障害」、「行動、興味および活動が限定され、反復的で情動的な様式」としていました。しかし新たな診断基準のDSM-5では、「社会的コミュニケーションおよび対人的相互作用における持続性の障害」、「行動、関心、活動の限定された、反復的なパターン」の、『二つ組モデル』が基準とされています。そして、診断基準が変わることで、診断に含まれたり含まれなかったりする子どもも増えているのが現状です。

 さらには、障害に対する誤解の問題もあります。冒頭で述べたように、発達障害があることが原因で反社会的行動や非行や犯罪行為に結びつくのではないかと、行動の原因を障害そのものに持ち込まれてしまうケースが多いようです。「この子は発達障害があったから犯罪を起こすのではないか」などと。これも、発達障害が事件を起こさせるのではなく、発達障害が原因で生じた失敗や挫折の繰り返しから思考や行動に歪みが発生し、二次障害として周囲を困らせる行動へと発展していくのではないかと私は考えます。

 そうはいっても、教師は子どもに発達障害の診断があろうとなかろうと、目の前で起きている事象に対処するほかありません。しかし、そこで教師に発達障害や二次障害の適切な理解があるかないか、非行化のメカニズムについても意識できるかできないかでは、その対応方法も指導効果も全く異なるものだと経験上考えます。「犯罪予防」と「事件後の対応」はどちらも軽んじられることがあってはなりません。しかし、教育の役割といった点では、前者の手立てが講じられることがより重要なのではないでしょうか。子どもの思考や行動の歪みに対処することはもちろん大切ですが、そもそもその歪みを作らないように支援していくことが教育においては最優先されるべきなのではないかと考えます。

 

少年サポートセンターの取り組みとその連携について

 都道府県警察の組織内では少年サポートセンターが設置されています。これは、警察本部の少年課に置かれている組織です。警察の中の一組織でありながら、捜査部門のような強制力を背景にした権力的色彩が強いものではなく、少年相談や継続指導、立ち直り支援、街頭補導活動、広報啓発活動を中心に、市民がアプローチしやすい部門として設置されました。子どもが、非行や犯罪や触法行為を行った場合、捜査部門では事件化の方向で対応するのに対し、少年サポートセンターでは可能な限り事件化の前に福祉ケースワーク的な介入を図ります。また、子どもが犯罪やいじめや虐待により被害を受けた場合にも、被害少年への支援を実施する部門である点が特徴です。近年は、学校や教育委員会、児童相談所、警察(特に少年サポートセンター)の連携を導入する都市も増加しているようです。

 子どもの行動の背景を理解し、支援体制を調整したり、周囲の環境を整えるたりすることはとても大切です。連携先を増やし、それぞれの機関が子どもの課題に共通理解をもち、それぞれが専門的なアイディアを出し合いながら、子どもを支えることは、充実した支援にとても有効的です。私自身も、これまで複数の事例で、家庭、医療、福祉(児童相談所、ケースワーカー、地域活動支援センター、保健師、ヘルパー事業所、子ども家庭支援センター等)、療育、警察、進路・進学先などと積極的に連携しながら支援にあたる機会を作ってきたつもりでいました。その都度痛感するのは私自身の知識や経験の至らなさで、毎回、事例を通して学んでいる過程にあり、それぞれの専門機関のアプローチから教わることばかりです。しかしながら、多方面の専門支援機関の中でも、学校は子どもたちにとって最も直接的に関わることができ、また子どもたちと共有できる時間も最も長くとれる機関だとも言えます。つまり、教師の専門性や実践力は子どもたちの育成にダイレクトに影響するため、学校はその責任の重大さを自覚しなければならないと感じるのです。

 

実際の支援の課題

 子どもが触法・非行行為を起こしてしまう前に学校でできる支援にはどんなことがあるでしょうか。

 学校は他の機関と比較すると、子どもたちと身近に関わりながら、支援に当たることができる場所です。子どもの実態把握をし、子どもに関わる情報を集約、整理することが大切です。ケースに応じてどの機関に繋がるとより効果的な支援が望めるのか、その支援の目的や方法を明確にする必要もあります。また、福祉にも様々な分野で子どもの支援に対応する機関があります。学校が所在する地域の管轄において、どの機関がどのようなサービスを提供しているのかリサーチしておく必要があります。そして、医療機関との連携に至っては、必要に応じて定期的に主治医訪問をし、学校や家庭での子どもの気になる行動や様子を相談するなどして、情報の共有化を図ることも大切です。

 学校教育においては、子どもたちへの適切な理解と支援の在り方について検討するとともに、それらを通して地域社会や他機関への連携や理解啓発の役割も担っていくべきだと考えます。子どもたちが、安心して地域の中で豊かな生活を送るためには、周囲の理解と支援をも充実させる必要があります。地域社会が子どもたちに適切な理解を示し、支援の手を差し伸べられることができたら、犯罪や非行も未然に防ぐことが可能となり、減少していくのではないでしょうか。学校教育に必要なものは、なにも学力向上だけではありません。教育の先にあるものは、子どもが安心して豊かに生活できることなのだと思います。そのために、私たち教師はさらに専門性を向上させ、多機関と一層の連携を図りながら、前向きな支援の検討や改善をしていくことが大切だと考えます。

 

※「子ども」という表現について。

学校では子どもを「児童・生徒」と呼び、司法では「少年(20歳に満たない者)」と呼びます。今回のテーマについては、対象がわかりにくくならないように「子ども」または「子どもたち」と表現を統一いたしました。

 

参考文献

『発達障害児の思春期と二次障害予防のシナリオ』 小栗正幸(至文堂) 2010年

『発達障害は治りますか?』 神田橋條治(花風社) 2010年

『子どもを犯罪から守るための多機関連携の現状と課題』 石川正興(成文堂) 2013年

『司法システムから福祉システムへのダイバージョン・プログラムの現状と課題』石川正興(成文堂) 2014年

『治ってますか?発達障害』 南雲明彦、浅見淳子 (花風社)2015年

文献紹介

『発達障害と呼ばないで』 岡田尊司(幻冬舎) 2012年

『発達障害かもしれない 見た目は普通の、ちょっと変わった子』 磯部潮(光文社) 2005年

『臨床家のためのDSM-5 虎の巻』 森則夫、杉山登志郎、磐田泰秀(日本評論社) 2014年

『自閉症の脳を読み解く』 テンプル・グランディン(NHK出版) 2014年

吉田 博子(よしだ ひろこ)

東京都立白鷺特別支援学校 中学部 教諭・自閉症スペクトラム支援士・早稲田大学大学院 教育学研究科 修士課程2年
知的障害特別支援学校の中学部で自閉症学級を担当しています。子ともたちのニーズに寄り添う支援について、実践紹介を交えながら皆様と共有させていただければ幸いです。

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