2015.06.26
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

家族と共に育てるということ ~ダウン症の弟を通して考えること

東京都立白鷺特別支援学校 中学部 教諭・自閉症スペクトラム支援士・早稲田大学大学院 教育学研究科 修士課程2年 吉田 博子

 

  

 ダウン症の弟と共に

私の弟は重度知的障害を伴うダウン症です。私が障害のある子どもたちの支援をする仕事に携わりたいと考えたのも、弟の存在が少なからず影響しています。「家族の愛情を一心に受けて育った弟さんは、あの当時から本当に誰からも愛される存在だったよ」…と、当時の担任(現在たまたま同僚)からも言われました。年が離れていたこともあってか、本当にかわいらいく、幼少の頃から積極的に面倒もみていました。でも、それ以上に、両親が目に入れても痛くないというほど、本当に弟を愛して育てていました。また、弟は囲まれる人々からたくさんの愛情を受け、暖かく接してもらえてきたと思います。いつもニコニコと穏やかで、いっしょにいるだけで周りを癒すような存在です。

 

ダウン症とは

ダウン症は、染色体異常を原因とする疾患です。染色体には44本の常染色体と2本の性染色体がありますが、ダウン症は、21番目の性染色体に数的異常や構造的な異常が認められる状態を言います。症状には個人差はあるものの、知的面や運動面に発達の遅れが認められます。身体症状として、筋緊張の低下が多くみられます。合併症としては、先天性の心疾患や消化器系の疾患、急性白血病、てんかん、環軸頸椎形成不全などがありますが、全ての方に現れる症状ではありません。

 

私自身の出産のエピソード

ダウン症の子どもが産まれることと遺伝とに直接関係がないとは言うものの、私が初めて妊娠した時は、義父母に安心してもらうために羊水検査を受けました。ダウン症ではないという証明を得るために。でも今、ふと思います。もし羊水検査の結果、生まれてくる子どもが「ダウン症」だと判明したら、わたしはどういう気持ちになり、どういう振る舞いをして、どういう決断をしたのだろう、と。ただでさえ母親になる時の期待と不安、プレッシャーは大変大きなものでした。生まれてくる子どもはどんな子どもだろうか、果たして健全に育つのだろうか。妊娠中に不安や心配をいっぱい抱えていたことを昨日のことのように思い出します。そしてわが子が生まれた瞬間は、安堵と喜びと、言葉では言い表せない特別な感情が込み上げ、涙が止まらなかったことも…。

 

頸椎疾患

さて、先にも合併症の症例で挙げたよう、ダウン症の方は頸椎(首の骨)に弱さが見られる場合があります。特別支援学校に在籍するダウン症の児童・生徒においても、運動面で配慮を要するケースも多くいます。弟も同じく、4年前に環軸椎(頸椎の一番上の部分)の亜脱臼が生じ、四肢麻痺となりました。「環軸椎亜脱臼」とは、環椎と軸椎を結合する関節が外れてしまう状態を言います。頸椎の中を通る脊髄が圧迫や損傷されることにより、手足の感覚麻痺、運動麻痺、膀胱・直腸障害、呼吸障害が生じたり、椎骨動脈の圧迫症状として強いめまいや坐位がとれなくなったりするなどの症状が起こる場合があります。弟が病院に搬送される前、家族の中でも「最近、なんだか少し調子悪そうだよね、どうしたのかな、ぐったりしていることが多いよね。」と、様子を気にかけていた矢先、一週間程度のうちに、みるみる容体が悪化し、突然トイレで倒れて緊急搬送となりました。知的障害も伴って言葉を話すことができない弟は、「痛い」とか「具合が悪い」といった症状を、自ら訴えることができません。恐らく言えなかっただけで、とても痛く苦しかったのではないかと思います。

 

環軸椎亜脱臼の手術と経過

手術内容は首を切開し、チタン製のフックをボルトで固定しチタンフックに腰の骨の移植を行って癒合を待ちます。文字にして表すとたいしたことのないようにしか伝わらないかもしれませんが、癒合できるまでは固定した箇所を絶対に動かしてはならず、額には二か所ボルトを固定するための穴があけられ、ハローベスト(体外式頸椎固定)をつける手術となりました。頭から胴体までを完全に固定された状態で、3ヶ月を過ごしました。健常者なら、「つらい」とか「痛い」とか文句の一つも言えることころを、弟は言葉で訴えることができずにされるがまま。器具を触らないでいることも、じっとして動かないでいるとかいうことも難しかったので、完全固定となり、家族の目がないときは両手両足をベッドの柵に跡がつくほどきつく縛られていました。見舞い帰り病室を後にするとき、かわいそうでよく涙を流しました。ハローベストを外した後も、首回りには分厚いクッション性のカラーが巻かれて固定され、それまで数か月動かさないでいた弟の手足も、もうすっかり痩せ細って、自発的には動かすことも難しくなっていました。手足には常に電気の圧迫によるマッサージ機を着用していました(写真)。また、弟の生きがいと言えば、昔から「おいしいものを食べること」でしたが、寝たきりの状態では誤嚥の危険があったので、しばらくは鼻からチューブで、少し経ってから介護用ベッドで少しだけ体を起こし離乳食のようなペースト状の食事を摂取していました。入院中、固形食は一度も食べることはできませんでした。大学病院には1年近く入院しお世話になりましたが、主治医には「この先、起き上がることは諦めてください」と言われての退院でした。

 

多くの方々の支援と励ましを受けて

退院してから約3年、現在に至るまで、柔道整復師の先生や、言語聴覚士の先生、通所先の生活介護施設の支援員さん他、弟は数多くの方々に見守られ、支えられてきました。特に区の制度で毎日来ていただいていた柔道整復師の先生との相性が良く、初めは寝た状態でマッサージを受けていた弟も、数か月後には坐位が取れるようになり、ソファから立ったり座ったりができるようになり、短い距離なら歩けるようになり、さらには階段の昇り降りもできるまでになりました。若干の不安定さはあるものの、今は居間からトイレまで自分で歩いて移動することもできるようになりました。また、坐位がとれるようになったことで、食事も少しずつ固形食を食べられるようになり、今はすっかり普通食を食べています。退院時から比べると、誰もが驚く奇跡的な回復を遂げました。

 

支援の可能性

私の今の特別支援教育に対する想いは、幼少期から目の当たりにしてきた弟の成長と、やはり術後の奇跡的な回復に原点があるようにも思います。『適切な支援があれば、人は必ず変わることができる』。それを間近で見てきたからこそ、支援の無限の可能性を信じたいと思うようになりました。

 

留意していること

環軸椎亜脱臼はダウン症の合併症状の一つではありますが、主治医の説明によると、突然の強い衝撃により脱臼してしまうケースよりは、直接的な原因は見当たりにくく、日々のちょっとした仕草やクセ、行動の積み重ねで、そのような症状が深刻化していくことの方が多いとのことでした。そう考えると、わたしたち教師も、児童・生徒に対して日頃気づかないうちに何かしら悪影響となる施しをしていないとは言い切れないのではないでしょうか。小さな積み重ねが、大きな事態を招くかもしれないのです。細かいことを言っていたらキリもなくなりますが、しかし、それ以来、私はダウン症のお子さんをはじめ、身体への配慮が必要なお子さんと関わる時、特に慎重に接するよう心掛けるようになりました。例えば、体育の授業で身体的な介助をするとき。座った状態から立ってもらうとき。一緒に走るとき。様々な運動や動きに関する支援において、どのように接し、介助することが適切にできていることなのか留意しています。

 

家族の視点、教師の視点

私自身は障害者の家族という立場と、教師という立場を兼任するようになり、学校の視点での障害児教育と、家庭における育て方とにギャップを感じて戸惑うこともあります。それは、障害児教育の研究や理解が進めば進むほど、「こうあるべき論」が先行してしまい、実質の現実的な家庭教育との隔たりを感じる面があるからです。教師の専門性は高いに越したことはないと思います。そうであれば安心して子どもを任せられることもあるかもしれません。しかし、いくら教師の専門性が高くても、児童・生徒のニーズや、保護者の価値観が教師の考えにマッチしていなければ、その専門知識は無意味に過ぎません。障害の有無に関わらず、親が教師に期待することは、「教師がいかに専門知識をもっているか」ではなく、「子どもが充実した学校生活を送るべく、教師がいかに熱意をもって暖かく接してくれているか」ということではないでしょうか。だからこそ、家庭と学校の連携は必須であり、共感的にニーズを把握し、「共に育てていく」ことが必要だと思うのです。

 

家族が学校や教師に求めること

家族として教師に求めるものは、ありきたりな「家庭教育の在り方理論の助言」ではなく、「共感」なのではないでしょうか。困っていることに対して、どう支えていくかを一緒に語ってほしいのです。お子さんの成長について心から共に喜んでほしい、そう思うのが家族だと思います。各ご家庭の生活様式の中で、そのお子さんがどうあることが最も幸せになれるのか、そういった視点で児童・生徒の支援を検討することも必要なのだと思います。児童・生徒の一人ひとりと、そのご家族に、きっと教師には知りえない様々なストーリーがあることでしょう。それを分かち合って、今後の支援について語れたら、とても素晴らしいことなのだと思います。学校において、「教育をする」「支援をする」ということは、単に児童・生徒の学習効果を上げることだけではなく、その生涯をより豊かなものにするために、教師に何ができるかを問われていることなのだと思います。障害のある子どもを産み、育てるということは、とても大変なことなのです。もちろん我が家にも、ここには書ききれないような苦しい経験もなかったわけではありません。しかし、それを本気で共有してくれて、幸せを願って接してくれようとした先生方は、家族としても心から信頼や感謝をして、「あの時、素晴らしい先生に出逢えてよかった」と記憶に残っているのです。

 

子どもの育つ環境が命をつなぐ

わたしたち人間は、この世に生を受け、育つ環境に置かれ、育ててくれる人に恵まれ、それぞれの環境や社会の中でたくさんの人に出逢い関わって、様々な事象に遭遇して、刺激や影響を受けながら自分の価値観が形成されるようになります。そして大切にするべき人と出会い、家族をもつ。さらに、また新しい命につながっていく。誰もが共通して置かれる環境に、「家庭」や「学校」が挙げられます。大げさな表現かもしれませんが、私は、教育には『命をつなぐ』役割があるのだと思っています。それは教育がまさに人間形成に直接関わることだからです。全ての子どもたちが、必ず愛されるべき存在になり、幸せに生きてほしいと願いながら、児童・生徒に関わっていきたいです。

 

文献紹介

※今回は補足の意味も兼ねて、以下の書籍を紹介させていただきます。ぜひ読んでいただきたい2冊です。

 

『ゆるやかな絆』大江健三郎(講談社)1996年

『障害をもつ子を産むということ 19人の体験』野辺明子、加部一彦、横尾京子(中央法規)1999年

吉田 博子(よしだ ひろこ)

東京都立白鷺特別支援学校 中学部 教諭・自閉症スペクトラム支援士・早稲田大学大学院 教育学研究科 修士課程2年
知的障害特別支援学校の中学部で自閉症学級を担当しています。子ともたちのニーズに寄り添う支援について、実践紹介を交えながら皆様と共有させていただければ幸いです。

同じテーマの執筆者
  • 綿引 清勝

    東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard)

  • 岩本 昌明

    富山県立富山視覚総合支援学校 教諭

  • 郡司 竜平

    北海道札幌養護学校 教諭

  • 増田 謙太郎

    東京学芸大学教職大学院 准教授

  • 植竹 安彦

    東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士

  • 川上 康則

    東京都立港特別支援学校 教諭

  • 中川 宣子

    京都教育大学附属特別支援学校 特別支援教育士・臨床発達心理士・特別支援ICT研究会

  • 髙橋 三郎

    福生市立福生第七小学校 ことばの教室 主任教諭 博士(教育学)公認心理師

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop