2015.05.21
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『ほめて育てる』ということ

東京都立白鷺特別支援学校 中学部 教諭・自閉症スペクトラム支援士・早稲田大学大学院 教育学研究科 修士課程2年 吉田 博子

昨今、教育現場で「ほめて育てる」は当たり前のように提唱される時代になりました。多くの研究者や専門家、教育者が「ほめることは大切だ」と語っています。ここ十数年のうち、学校教育や家庭教育でも「ほめること」が積極的に取り入れられるようになってきましたが、実際に「なぜほめられることが必要なのか」、「どのようにほめたらいいのか」、その「ほめ方」についても、もう少し掘り下げて考える必要があると思います。

 

脳が喜ぶほめ言葉

人はなぜほめられることが必要なのでしょうか。誰しもが自分の欲求が満たされるときには「快」の感覚を得られます。この欲求とは、食欲などの生物的なものから、他者に認められていることや、愛されていることを自覚するなどといった社会的なものも含まれます。齊藤宇開氏(2014年)は次のように述べています。「報酬系の働きは、学習や環境への適応において重要な役割を果たしている(中略)。報酬系神経系の働きが、大脳皮質の可塑性に影響するという報告もあり、学習においても同様に報酬系が重要である。」つまり、人は生物学的にも報酬を期待することで、目標をもって努力することができるのではないでしょうか。「ほめて育てる」ということは理に適っているのです。

 

「ほめられて」生まれる信頼関係

がんばってやり遂げたことに対して、「ほめられたくない」と思う子どもはおそらくいないでしょう。児童・生徒をほめる時、その内容が相手に的確に伝わるように意識して表現することがとても大切です。どの子どもにも、必ずよいところがあります。児童・生徒のよいところをよく観察し、彼らがどうがんばったのか、何がどのように良かったのかを具体的にフィードバックしながら伝えると、「この先生は自分のことをちゃんと見ていてくれた、わかってくれた」と安心感や肯定的な気持ちが芽生えていくように思います。教師が児童・生徒の良い部分に気づき、その長所を認めて肯定的にほめることによって、彼らの向かうべき方向を示せたり、次の目標への意欲に繋げていけたりするのではないかと考えます。「ほめて育てる」ことは、児童・生徒の意欲を引き出し、自己評価を高めることに繋がります。そして、そうあるべく、カリキュラムや指導方法、それに伴う支援内容についても、この先さらに検討を深めるべきだと考えます。学校教育だからこそ、学習の場を通して、児童・生徒に「できた」という体験を提供する機会を意図的に作ることができるからです。

 

「ほめる」言葉を伝える

かつての教え子との会話から考えさせられることがありました。学校生活の中で、ほめられた経験について話題にあげてみると、「学校の先生は、なんでもかんでも不自然にほめすぎることが多い」という意見を聞きました。「本当に自分が頑張ったって思えることをちゃんとほめてもらえたなら、もっと頑張りたいという気持ちにもなれるかもしれないけど、そんなに頑張ってないことまで大げさにほめられるとバカにされているのかと思う」とのことです。これは、大人の社会でも同じことが言えるのではないでしょうか。なぜほめられているのかわからなければ、ほめられる意味がありません。この教え子が感じたように、「ほめながらバカにされている」「ほめられても見下されている」と思うこともあるでしょう。一方で、勘の鋭い相手だと、ほめられることによって「その次への期待が含まれているように思い、プレッシャーを感じてしまう」、そんなふうに捉える場合もあるかもしれません。また、児童・生徒が教師の期待通りの行動をとったことに対して「えらかったね」と言葉かけするだけでは、教師の顔色を窺うようになってしまうかもしれません。「ほめる」というのは誰のためにあるのでしょうか。気をつけなければならないのは、教師自身が「いい先生でいるためにほめる」のではなくて、児童・生徒を「育てるためにほめる」ということだと思っています。

 

「ほめる」のバリエーション

ほめるということを意識的に実施していくうちに、私自身もほめるスキルが身についたと言いますか、そのボキャブラリーやバリエーションを少しずつ増やせてきたように思います。例えば、「いいね」「がんばったね」などといった一般的な言葉かけから、ハイタッチをしたり「グッジョブ」と言いながら親指を立てて見せたりする動作的な表現、そのほか、「こんなふうにがんばってくれて先生はうれしいよ」「○○をやってくれてありがとう」「いつもあなたのことを頼りにしているよ」と感謝の気持ちを伝えることもあります。ただ、ほめ方というものは、単に言葉や仕草で伝えるといった行為だけでもないように思っています。場合によっては、児童・生徒を信頼して、「任せてみる」といった手立ても必要になるのではないでしょうか。「信頼されている」「頼りにされている」「任されている」といった、児童・生徒が自信に思えるような機会を設定することも、具体的な「ほめる」支援に直結するのではないかと考えます。児童・生徒にとって、自分が責任をもって自らものごとに取り組めるような場を設定されること自体が、児童・生徒の自信やエネルギーに繋がることが多々あるように思います。さらに、できた結果そのものに対してだけ評価的なほめ方をするよりも、それまでの過程(努力)を労いながら具体的にほめるということも、児童・生徒の心をつかむには効果的です。いずれにせよ、児童・生徒が成功体験を積むことにより、自信をもって意欲的に活動できるように導く手立てこそが「ほめる」ということなのではないかと考えます。

 

「ほめる」のマネジメント

教育現場において、「ほめる」という言葉と並行して「自己肯定感」という言葉もありふれてきているように思います。確かに、叱られ続けている子どもが自己肯定感をもちにくいことは想像に容易いです。これについては他にも述べている方が多くいるので、ここで詳細に触れることは割愛します。しかし、「自己肯定感」というものは、ほめられたから即ち育つというほど容易なものではないように思います。このことについて、斉藤万比古先生(恩寵財団母子愛育会総合母子保健センター愛育クリニック・愛育相談所所長)に伺うと、第一声は「言うが易し、行うが難し!」でした。「昨今、あたかも称賛することだけが自己肯定感を高めるといった誤解が広がった現状があるが、本来は称賛にはもっとシステマティックな体系がある」とのことです。先にも述べたように、ただほめるだけだから歯の浮くような結果になってしまうことがあるのでしょう。一口に「ほめる」と言っても、マネジメントの観点が必要です。つまり、ほめる内容です。「いまできていること」「少し努力すればできること」「新たにできるようになりそうなこと」、これらを細分化してリストアップし、段階的に成功体験の積み重ねへ導き、結果ほめられる経験をより多く積めるようにすると、児童・生徒は少しずつ自信をつけていくでしょう。どのようにして成功体験を積む機会を設定するのか、これは教育的かつ意図的なものでなくてはならないのです。ここで問われるのがやはり教師の「観察力」なのだと思います。

 

「ほめる」機会を設定する

一般的に人が「自己肯定感」をもてるようになるためには、たくさんの挑戦を経験して多くの成功体験を積む必要があります。一方で、これまで失敗経験を多く積んで、たくさん傷つき、自信を失い続けてきた子どもが「自己肯定感」をもつということは、一筋縄ではいかないのが現実です。これ以上失敗をすることを恐れて新たなことに挑戦することに対して萎縮しきってしまっているようなケースについては、特段な心理的配慮が必要となります。もしかすると、一生かかっても「自己肯定感をもつ」ことは難しい場合があるかもしれないということも、支援する側は覚悟するべきだと思います。ほめられ慣れていない子どもは、ほめられたことを受け入れることに抵抗を示すことがあるのです。しかし、それでも諦めてはいけないと思います。認められる、ほめられる経験が無駄になるということは決してないと思っています。何かきっかけをつかめることがあるかもしれません。そのきっかけは、当然のことながら、児童・生徒の失敗体験や教師の叱責から見出せることはありません。教師が子どもの長所に気づき、それを言語化して、子ども自身が自分の長所に気づき、自信を回復するようになることが、自己肯定感をもてることの第一歩だと思います。まずは教師が児童・生徒を観察(アセスメント)して、その良さに気づくことが肝心です。学習場面や日常生活の場面の中で、その子どもならではの活躍の場や役割をもてるように工夫したり、個々の子どもの長所に焦点があたるようなアプローチを繰り返したりして、児童・生徒一人ひとりがひとつでも多くの成功体験を経験できる機会を提供することが、教育の大切な役割だと考えています。

 

参考文献

『発達障害が引き起こす二次障害へのケアとサポート』齊藤万比古(学研)2009年

『先生がアスペルガーって本当ですか? ―現役教師の僕が見つけた幸せの法則―』ゴトウサンパチ(明石書店)2011年

『その気にさせる「ほめ方」やる気にさせる「しかり方」』本間正人(KKロングセラーズ)2014年

『発達障害のある子の自立に向けた支援』萩原拓(金子書房)2015年

吉田 博子(よしだ ひろこ)

東京都立白鷺特別支援学校 中学部 教諭・自閉症スペクトラム支援士・早稲田大学大学院 教育学研究科 修士課程2年
知的障害特別支援学校の中学部で自閉症学級を担当しています。子ともたちのニーズに寄り添う支援について、実践紹介を交えながら皆様と共有させていただければ幸いです。

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