2015.04.21
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運動に自信がもてない子への支援について

東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard) 綿引 清勝

 新学期が始まりました。子どもたちは教室などの新しい環境にも少しずつ見通しをもちはじめ、緊張もいくらか取れてきたように感じます。

  

 さて、運動が得意な子や好きな子はこのような環境の変化にも負けず、新しいことにも次々にチャレンジしていけるからよいのですが、そうではない子どもたちには、やはり様々な工夫や支援が必要になります。

 ところが、ルールを柔軟に工夫していこうとすると、活動に参加はしているものの、あえて失敗するリスクが高い課題にチャレンジしようとする子どもを見かけます。

  課題意識の高いアスリートならそれは素晴らしいことなのですが、どうやらそうではないようです。

 

 ある男の子は、それほど投げる運動が得意ではありませんでした。動き全体にぎこちなさがあり、本人も苦手意識が強いものの、周りの励ましを受けることで、活動には頑張って取り組んでいました。

 

 ストラックアウトをやる時に、基本線とそこから1m後ろに線を引いて、後ろの線から投げると得点が高くなるというルールで活動を行った時の事です。

 指導者の視点から見れば、近くの方が的に当たりやすいのだから、そのまま投げればよいのにと思いますが、いつも遠くの線から投げるので、余計に的に当たりません。

 「なぜなのかな?」と思いながら様子を見ていると、投げる前に『後ろの線の方が難しいから、当たらなくても仕方ないよね』とボソッとつぶやきました。

 それを聞いた時に、その子は自分にあえて難しい課題を設定することで、失敗した時の保険をかけていることが分かりました。

 

 これは、セルフ・ハンディキャッピングと言いますが、運動に対する自信のなさが、このような自己防衛的な行動に繋がっていきます。

 

セルフ・ハンディキャッピングとは

 セルフ・ハンディキャッピングとは、Snyder&Smith(1982)が「遂行によって自己の能力が明確になる領域で、不適切な遂行の結果、セルフ・エスティームの低下が予期される場合、なんらかの問題・弱点・欠陥があることを表面的に自ら認めるような特性や行為を採用する過程」と定義し、「(1)失敗した時には自分の能力のせいではないように割り引かれ、成功した時には自分の能力があるように割り増しできる、帰属をコントロールでき、(2)脅威を与えるような評価的状況を完全に回避でき、(3)自己に関するフィードバックを最小にできる過程」としています。

 つまり、この男のように、自分が自信がないからこそ、あえて課題の難易度を上げることで、「失敗しても仕方がない」、「もしうまくいったらすごいこと」というように、活動そのものがギャンブル的な要素をもつことで、安心感が揺らぎます。

 仮に、短期的な活動であれば自己の責任を回避できるという点においては有効かもしれませんが、長期的に見ていくと、失敗を繰り返すことでより自信を喪失していく危険性があります。

 

 

自信をつけていくために

  努力すればできるようになるという運動に対する見通しを統制感と言いますが、この統制感を高めるには、エラーレスの学習から、スモールステップの成功体験を積み重ねていくことが有効です。

 

 この男の子の支援では、ハンディキャップの線をなくし、その代わりに投げる位置を基本線よりも1m手前に設定することで、参加者全員が確実に当てることができるようにしました。

 そして、当たったところによって点数が変わるようにすることで、ゲーム性を高めるようにしました。

 その結果、得意な子の方が点数を高く取ることがあっても、皆が的に当たる回数に差が出ないように配慮することで、本人にも『僕にも全部当てることができた』という成功体験が味わえるようにしました。

 

 また少しずつではありますが、本人も自信をつけていくことができ、活動の振り返りの場面では、複数の活動の中から『今日はストラックアウトがよくできました』という自己評価も見られるようになってきました。

 

 そこで次の支援として、得点が安定してきたことを確認してから、投げる線を思い切って1m下げてみました。

 そうすると、下げた時は『なんで!?』と不安がっていましたが、練習を通して実際に的に当たることが分かると、今までできなかったことができるようになったという達成感を味わうことができたようで、その後は線を投げる位置を二段階に設定しても、以前のようにセルフ・ハンディキャッピングを設定することなく、確実に的を当てて活動を楽しんでいる様子が見られるようになりました。

 

良い経験の積み重ねを

 特に自閉スペクトラム症の子どもたちは、失敗や嫌な経験を忘れることが苦手なため、大人からみたちょっとした失敗も、本人にとってはとても重大な事件として、大きく傷付いてしまうことがあります。そして、そのことを忘れることができずにずっと引きずってしまう危険性があることには注意が必要です。

 また発達性協調運動障害に代表される「不器用」と言われる子どもたちの中には、本人は精一杯頑張っているにも関わらず、「ふざけている」とか、「やる気がない」と誤解を受けることがあります。

 運動発達のつまずきは社会性の発達にも関係することが多いため、運動のつまづきが少ない子どもたちに比べると、周囲に叱責される機会も多くなります。

 本人にとっては、精一杯頑張っているにも関わらず、周囲の理解が弱いがために、余計に自信をなくし、運動が生活の中から消えていく。それは、とても悲しいことです。

 

 運動やスポーツは人と人をつなぎ、人生をより豊かにしていく特性があります。

 

 活動に参加できずに、でも、気にして見学をしている子どもがいたら、そっと手を差し出して「きっとできるから、一緒にやってみない?」って声が掛け合えるようになっていけばと思います。

 

 早い学校では、5月には運動会も行われます。

 

 反復練習は、できることを定着させるには有効ですが、できないことを繰り返すのは拷問のようになってしまいます。

 

 子どもたちが、自分で保険をかけるような状況にならないよう、課題と評価の観点を丁寧に設定していきたいものです。 

綿引 清勝(わたひき きよかつ)

東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard)
東京都内の知的障害特別支援学校で中学部、高等部を経験後、現在は小学部の自閉症学級を担任。自身の実践を振り返りながら、子ども達が必要としている支援とは何かを考えていきたいと思います。

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