2015.03.10
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卒業間近の「最後の授業」

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

今日(3月某日)が、卒業生との最後の英語の授業の日になりました。

皆さんは、どんな最後の授業をされますか。
今までに、どんな最後の授業をされましたか。

私は、高等部病弱の生徒さんに、
少しでも形に残るものは何かないだろうかと考えました。


始めは、できるなら英語を使った活動やゲームはどうかと
考えました。英語を口に出すのに抵抗がある生徒には負担に
なるのでと考え直し、やめました。
今まで自宅で撮りためた語学番組やマララさんのスピーチなどの
映像を視聴する機会にしてはどうかと思いました。
これは参加型でなく受動的になってしまうのではと考え直しました。
「卒業」に関連した英語poem作りをしてはどうかと思いましたが、
生徒らが創作意欲に対して乗り気にならず諦めました。

少しでも作業的な活動を取り入れ、生徒らがやった気になり、
身になる活動で英語に関係するものはないものだろうか。
なかなか良いアイディアが思い付きません。

私は、最後の3回分を使って
あえて筆記体の練習に当てることにしました。

「えっ、筆記体を最後の授業に?」
と、思いになる読者諸氏の方が多いのではないでしょうか。


筆記体が中学で全く指導されていないことはご存知ですか。
いや、指導する余裕がない現状のため筆記体が書けないのです。


2002年に施行された指導要領から筆記体を取り巻く
状況が変わってきました。
指導要領では、筆記体の扱いが「指導することもできる」
というレベルに下げられてしました。
(参考:Benesse Corporation
『田尻悟郎のWebsite WorkshopQ.5』より)


日本語というのは非常に便利な表現体系を持っています。
「指導することもできる」というのは、
裏を返せば「指導しなくてもよい」と読め、理解され、
現実に、「指導されなく」なってしまうのです。

実際に中学校で「筆記体が指導されない」理由としては、
(1)生徒にブロック体をマスターするだけでも大きな負担であること。
(2)筆記体が書けることが、中学生に必要かという議論のため。
(3)完全週休2日の施行で、ゆとり教育が叫ばれていた時期とも重なった。

この結果、筆記体は中学校でほとんど指導されなくなり、
一部の興味を持った生徒を除いて、筆記体を学んだ者はいない
状態になりました。
(なお、発音記号についても同様であり、現在では
ほとんどの中学校で発音記号の読み方は教えられていません。)

多くの読者諸氏の方々の時代を含め、日本の中学校では,
長い間,「ブロック体(活字体)」と「筆記体」の両方が教えられてきました。
中学校で教える内容を定めた「中学校学習指導要領」では,
1962年(昭和37年)4月に文部省(当時)が施行したものからずっと,
学習すべき言語材料として「アルファベットの活字体及び
筆記体の大文字及び小文字」と明記されていました。
中学校で筆記体の書き方を学ぶのは当たり前のことで,
きれいな筆記体にあこがれて何度も練習した,という方も多いと思います。
(参考:Gakken 親子のギモンを解決! 第6回
英語の筆記体って,今は学校で習わないの? 【英語】)


アメリカでは小学3年生で筆記体を習うケースが多いようです。
コンピュータの普及にともない,
手書き文字の指導に以前ほど力を入れなくなってきました。
そのため,若い人たちの間では,
筆記体がどんどん使われなくなっているようです。

筆記体の衰退を取り上げたmsnbc.comの記事(英語)によると
(参考:Cursive writing is fading skill, but so what?
updated 9/19/2009 7:04:37 PM ET)
筆記体の必要性を擁護する人たちがおり、次の理由を挙げています。
(1)筆記体が書けることは、目で見て手を使って調整して文字を描くことと
その調整ができるように筋肉運動を調整することにも関連する。
(2)コンピュータの時代であっても、電気も使えないような島では、
筆記体は書くコミュニケーションの手段の一つとして大切である。

(1)も(2)も日本の英語指導の目的や意義には含められず、
積極的に筆記体を指導することにはなりにくいかもしれませんね。


目の前の卒業生が、3年前の4月にも、筆記体を指導する時間を作りました。
しかし、当時は英語への興味関心が高くなかったので、2週間ほど
授業の一部を使って指導したにもかかわらず、定着に至りませんでした。
今回は、高校最後の機会であることも影響したのかわかりませんが、
a~zまでを割と熱心に取り組んでくれました。
(a~j/k~t/u~zに分けて練習しました)

「筆記体を書けるようになって卒業を迎えよう」
「筆記体が書けるとカッコイイかも?」
とその気にさせたのです。

練習しながら、
「家の方(保護者)が中学生頃は、筆記体を練習したはずだよ。」
と話すと、
「家で、今筆記体を練習していると話したら、筆記体で
名前をサラサラと親が書いて見せてくれた」と教えてくれました。

筆記体が、家庭で共通の話題になり、親と子のコミュニケーションの
きっかけづくりになったようです。A子は、自分の親が上手に筆記体を
書くのを知って、自分も書けるようになりたいと意欲を持ったようです。

筆記体の練習の後に、私は、英語パズルをし、
NHK朝ドラの「花子とアン」第42話の
ブラックバーン校長の送辞を紹介しました。
英文と日本語訳例をプリントにして配布しました。
英文と日本語訳の両方を声に出して読み上げました。
加えて、花子に向けて富山タキ先生(ともさかりえ)が
贈った次の言葉も紹介しました。

Every woman is the architect of her own fortune.
(自分の運命を決めるのは自分自身です)

私は、ブラックバーン校長の次の部分も強調しました。

Life must improve as it takes its course.
Your youth you spend in preparation
because the best things are never in the past,
but in the future.
(人生は進歩です
若い時代は準備のときであり、
最上のものは過去にあるのではなく将来にあります)
(参考:ロケTV他「アン 卒業式の校長の言葉」等で検索より)


最後の授業の日は5分短縮であることをすっかり忘れていました。
ブラックバーン校長の送辞を声に出して読み上げている途中で
休憩時間のチャイムが鳴ってしました。
こんなドジが、生徒と私にとっては
ある意味、印象深い最後の授業となったのではと考えております。 

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

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