2015.03.05
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一人一人に輝ける場を

東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard) 綿引 清勝

 先日、ある番組を観ていた時に、女性の元マラソン選手に対して、『マラソンは苦しくないのですか?』というインタビューの場面がありました。

その元マラソン選手は、『苦しいけれど、自分が一番輝ける場所だから』と回答していたのが、とても印象に残りました。

 

 さて、このように辛いことを乗り越えて素晴らしい成果を出すスポーツ選手がいる一方で、運動そのものに取り組むことに抵抗を示す子どもたちもいます。

この違いは、どこからくるのでしょうか?

 

 

認められる経験からはじまる

 

 以前、運動を好きな子どもを育てるには、運動有能感が大切だというお話をさせていただきました。

 運動有能感には、運動の技能に関する『身体的有能さの認知』、運動の見通しや自信に関する『統制感』、周りの人たちに認められて感じる『受容感』という3つの因子がありますが、この元マラソン選手は、とても運動有能感が高いように思います。

 その理由としては、マラソンを介して成功体験があり、成果についても周りが認めてくれるという経験を積んできたのでしょう。

 監督のインタビューでは、トロフィーなどは全く興味がなく、場合によってはその場で捨ててしまうこともあったそうです。

 トロフィーを捨てることがよいことだとは言いませんが、この選手のように物理的な強化子よりも、周りの人が認めてくれるという人的な強化子が優位に働いていることや、記録、成績など、本人の中での自己実現に向かうエネルギーが強いことは、とてもすごいことだと思います。

 

 しかしながら、これまでに体育の場面では運動の苦手意識が強いというだけでなく、失敗するのが嫌で活動に参加すること自体に抵抗がある子どもたちを見てきました。

 そういった子どもたちは、逆に運動有能感が低く、どこかで「自分なんか…」と自尊心が下がっている傾向が見られます。

ですので、子どもたちが授業に向かうためには、技能や技術だけでなく、態度や意欲も当然ですが丁寧に育てていくことが重要だと言えます。

 

一人一人に輝く場を

 サーキット運動を例に考えていくと、ある研究授業では、体育館でサーキット運動を行う際、「グループごとに順番」で行い、その間他のグループは待機(見学)の授業形態をとっていました。この授業で一人一人がおよそどれぐらいの活動量があるかと分析すると、サーキット運動の活動そのもののは5分程度でした。

 一方、ある授業では学年全体で活動に参加する授業形態でしたが、その場合は、25分程度の活動量がありました。

こうやってみていくと、同じような活動でも、授業形態によっては活動量が全く違ってくることが分かります。

 二つの授業を単純に比較すると、活動量が5倍違うわけですから、その分褒めることができる機会にも差が付きます。あとは、失敗を重ねることに対するリスクも大きくなりますが、そこの工夫が結果として褒める回数を増やしていくことにもつながります。

 教科によっては、個別に取り出して指導する場面が必要なこともあります。体育においても、そのような場面が全く必要ないということでありません。

 しかし、授業の中で一人一人の活動量と成功体験を保障していくことが、ひいていは心と身体を育てていくことになるのは間違いないでしょう。

 ですので、どんな単元においても、一人一人の「できた」という輝きを大切にしていきたいと考えています。

 

少しだけの一手間を

 

 日々の業務が詰まってくると、なかなか授業の準備にも気持ちの余裕がなくなってくることがあります。そういったときに、全く新しいことをやろうとすると、余計にうまくいきません。そこで、大きな手間ではなく、ちょっとした一手間のアイディアを活用していければと思います。

 例えば、上述したサーキットの授業形態も「グループごと」か「一斉」かによって大きく変わってきます。おそらく、グループを選択した理由としては、各ブースで丁寧に指導したかったという意図があったのかと思いますが、学習環境が構造化されていれば、子どもたちは自分で場面を判断して動けるようになりますし、指導者はその流れの中で子どもたちを指導していくことができます。

 逆に、構造化されていない場面では、一人一人個別に指導しないと授業が流れていかないので、結果として取り出す形態になり、学習量の確保に影響がでるケースがあるように感じています。

つまり、個別に取り出す指導≠丁寧な指導なのではなく、子どもたちが「分かるあるいはできる」か「分からないあるいはできない」かが丁寧な指導の分かれ目だと思います。

 

 ある小学校でサーキット運動の授業を行ったことがありますが、一人一人にワークシートをもたせ、自己解決する学習よりも、バディを組ませてそれぞれのよかったところを授業の振り返りで褒め合うという学習の方が、子どもたちの運動有能感は上がっていたことがあります。

 この時は、ワークシートに各運動の評価の観点を明記し、その観点に基づいた相互評価を実施しましたが、相互評価を通して技能のポイントについても理解が深まっていったように思います。

 しかし、自己解決型では、なかなか正確な振り返りまでは弱かったように思います。

 これも、同様の教材を使っていながら、結果として子どもたちの学習効果としては、違いが出てくると考えさせられた事例でした。

 

 若手の先生からは、サーキット運動は「教材・教具の準備が大変」、「教材・教具が少なくてできない」といった相談を受けることもありますが、このような場合は、動きそのものに工夫をする方法もあります。

 体育館に四つのコーンを置き、始めはランニング、そこから活動のイメージを創りやすいように動物の動きとして、クマ歩き、アヒル歩き、カニ歩きなど、様々な身体の使い方を取り入れていきます。また、活動の切り替えが分かりやすいように、各活動ごとに音楽が切り替わるといった工夫があると、より活動も充実していくと思います。

 

教師の有能感

 子どもたちの「できた」という有能感

 

 一方で、先生たちの「できた」という有能感も大切にして欲しいと思います。

 

 支援がうまくいかないと落ち込むこともありますし、やる気がなくなってしまうこともあります。

 でも、きっと先生がつらい時は、子どもたちもつらい時なのでしょう。

 

 そのような時こそ、自分が育つチャンスでもあると思います。

 

 一人一人が輝くとは、授業場面での子どもたちの輝きもありますが、それだけでなく、それを支える教師も含めた皆の輝きなのでしょう。

 

 だからと言って、教師が前に出過ぎて主役になってしまってもよくないのですが…。 

 

 一生懸命考え、工夫した教材を介して、今までに見たことがなかった子どもたちの頑張っている姿や、楽しそうな姿が見られた。

 

 このような成功体験を、特に若手の先生方には、たくさん経験して欲しいと思います。

 

 そして、そういった教師という仕事に対して、「子どもたちの姿」という人的強化子が機能するようになっていくと、多少しんどいことがあっても、乗り越えていけるようになっていくのかと感じます。

 

 いよいよ三月に入りました。

 あっという間に一年間のまとめになってしまいますね。

 

 花粉も厳しいですが、体調管理をしながらラストスパートです。 

綿引 清勝(わたひき きよかつ)

東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard)
東京都内の知的障害特別支援学校で中学部、高等部を経験後、現在は小学部の自閉症学級を担任。自身の実践を振り返りながら、子ども達が必要としている支援とは何かを考えていきたいと思います。

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