年度末に向けてまとめの時期に入ってきました。慌しい中で一年間の指導を振り返る大切な時期だと思います。もう一踏ん張りですね。
さて、今回は叱らない指導について考えてみたいと思います。
叱り方や褒め方については、様々な著書が出ています。何冊か私も読みましたが、今回は自分自身大切にしていることをお話しさせていただきます。
まず、『子どもを叱らずに育てられるか?』という質問をされることがありますが、新しいスキルを獲得することに限っては、一切叱る必要はないと考えています。
そもそも、新しいことにチャレンジしてもすぐにはうまくいきません。 その際、もっとも重要なことは気持ちが傷ついたままで取組が終わらないよう、根気強く支えることだと思います。 ただ、注意しなければならないのは、繰り返すこと自体が目的になってしまうと、それだけたくさんの失敗をするリスクがあると思います。
そこで、何度か試してうまくいかない時には、何がいけないのかそのプロセスを細かく分析し、確実に修正していくことが必要になります。また、その子にとってのゴールをどこに定めるかが大切です。
例えば、『平均台を渡る』という課題に対して、ゴールは平均台が渡れるようになることですが、バランスの苦手なお子さんは上がるだけでも恐怖心があります。
この時に、このステップを飛ばしていきなり『一人で歩く』とゴールを設定してしまうと、『平均台に上がらない』ことや、『上がってもすぐに下りてしまう』といったことが起きます。
そうなると、『ふざけている』とか、『やる気がない』といった誤解を受け、最後には『まじめにやりなさい!』と叱られてしまうような場面を目にすることがあります。
あるいは、多動なお子さんは、サッと渡ろうとして、『もっとゆっくり!』と声をかけられている場面などもあります。
多動なお子さんにとっては、動きを止めることが難しいわけですから、不安定な平均台の上でスローな動きをするということは、課題としては相当高いと言えるでしょう。
おそらく、指導する先生も『なんとか上手になって欲しい』という気持ちは間違いなくあると思いますが、子どもの実態と課題がマッチしていない時に、このような指導のエラーが出やすいのではないかと思います。
ゴール設定と褒め方について
このような場合は、まず『平均台に上がる』ということが最初のゴールになるでしょう。
そこから、『手をつないで半分まで歩く』、『手をつないで最後まで歩く』、『一人で歩く』と課題のレベルを上げていくプロセスが必要になります。
あるいは、まずは安定した床に線を引き、その上をゆっくりあるく練習をし、それができるようになってから平均台にチャレンジするという方法もあるでしょう。
ポイントは、どれだけ成功のプロセスを細かく把握し、積み重ねていけるかが難しいところではありますが、そこが教えていく上で一番面白いところでもあると思います。
褒め方にも様々な方法がありますが、私はできる限りシンプルに褒めるようにしています。
確かに『何がどう良かったか』を明確にフィードバックすることも勿論大切なのですが、話が長くなるとその分子どもが動く時間が減ってしまうことや、他の子どもに目が届かなくなるデメリットが生じるので、運動学習(練習などで子どもが動いている時間)の際には、『できた!』、『O.K!』と一言だけの言葉かけが多いです。
また、『good!』とハンドサインだけの場合もありますが、このような理由として、一つは成功を教えることと、もう一つは『先生は、今のちゃんと見てたからね』と伝えてあげることを大切にしています。
一方で、動いている時に言葉かけをされることでせっかく本人なりに身体の使い方を工夫しているのに、それを混乱させてしまうことがあります。
このようなノイズは、不器用なお子さんには特にマイナスの影響が強いため、一度待つことでその取組を評価し、次のチャレンジに改善のポイントを伝えた方が本人にとっても有用でしょう。
また、発達が初期の子どもの場合は、変に盛り上げてしまうとその影響で覚醒が上がってしまい、逆に崩れてしまうこともあります。
よって、端的なフィードバックと静かな見守りはセットで使うようにしています。
安心感をもたせる指導を
白石雅一先生(2013)は著書の中で自閉症のこだわりについて「変えない」、「やめない」、「始めない」の3つを特徴としてあげています。
このような特徴は、自閉症の方と関わりがあった方は納得すると思いますが、自閉症の方に限らず、同じような場面は通常の学級でもあるのではないでしょうか?
例えば、「ノートを取らない」、「書いても消す」を繰り返すといったことは、気になるお子さんによく見られる特徴かと思いますが、 そこで大事にしたいのは、「なぜこだわるのか?」です。
自閉症の三つ組の一つとして「こだわり」がありますが、その背景には想像力の困難さからくる不安感があり、その背景には「どこに注目したらよいかわからない」、「なにをすればわからない」といったつまずきがあります。
ですので、「ここに注目をすれば良いんだよ」と目印を付けたり、「今はノートを写してね」と説明と指示を分けて具体的に伝えることで、改善されるケースがあります。
運動にしても、感覚が過敏なお子さんの場合、過去の経験から警戒心が強くなってしまっていることや、全く見通しがもてないことからなかなか行動に移せないことが多々あります。
私は高い所があまり好きではありませんが、バンジージャンプをやってみるように言われたら、どんな速度で落ちて、どれぐらい怖いかが想像できないので、なかなか思い切りよくジャンプはできないと思います。
そこで「やる気がない」といくら周りに言われても、自分自身は葛藤しているだけに納得はできないでしょうし、場合によっては「うるさい!!」と怒ることもあるかもしれません。
でも、何度か経験し、ある程度の見通しがもてるようになれば、最初はジャンプするまでに30分かかったとしても、そこまでの時間はかからなくなるでしょうし、もしかしたら自分から「もっとやりたい」と言うかもしれません。
おそらくは、子どもたちも一緒なのではないでしょうか?
ノートを写さない子は、そもそも、その時間がノートを写すということが分かっていないのかもしれません。書いても消してしまう子は、自分が写した所が間違っているのか不安なのかもしれません。
そういう時に一言「合ってるよ」とか、「それでいいんだよ」とちょっとした言葉かけがあるだけでも不安は軽くなり、学習にも意欲が出るのではないでしょうか?
運動についても同様で、上記のバンジージャンプの例のように、イメージのもてない活動は、とても怖いことがあります。それは、大人から見たら大した高さでもない平均台でもでも起こるかもしれません。
ですので、冒頭のように始めの一歩を認め、褒めてあげることが活動を広げる上ではとても大切なのだと思います。
教えることと注意すること
以上のように、子どもの「できない」、「やらない」は何らかのつまずきのサインとして受け止めていくことが大切だと思います。そして、どうしたらよいのかを教えてあげることの繰り返しなのではないでしょうか?
一方で、「全く注意することが必要ないか?」ということについては、誰かを傷つけてしまうことや、事故に直結するようなことについては、きちんと注意を促す必要がありますが、それも総じて「教える」ことだと思います。
ですので、あまりクドクドと長い話をしても意味がありませんし、自分で考えさせるだけではなく、どうすればよいかを具体的に示していくことが必要です。
「だいたいあなたは…」と人間的な部分を否定してしまうことや、過去のことまで持ち出してしまうとドツボにはまります。
とても気になるのは、できるまでやり直す反復練習ですが、少なくとも私自身、反復練習はとても苦手で、小学校の時に漢字の書き取りを100個と言われた際には、ノートに1画目を100個、次に2画目を100個と早く終わらすことだけを考えて、ヘンやツクリを全く無視して、ただの運筆の練習になっていた記憶があります。
繰り返すことが悪いのではありませんが、個人によっては丁寧に10回書く方が効果的なケースがありますし、ヘンやツクリに色を付けるなど、視覚的な支援を用いることで理解が深まるケースもあります。
できる限り、不必要な注意は減らし、教えて褒める正のサイクルが作っていけると良いと思います。
わがままと言わないで
今回は、叱らない指導について考えましたが、結局のところ子どものつまずきに対して、「なぜ」を考え、指導方法の修正ができるか、子どものわがままとして責任を転嫁してしまうかが分岐点なのかと思います。
子どもも大人も、できないことが悪いことではないのです。
教師も人間ですから、得意不得意だってもちろんあります。
ただ、指導がうまくいかずに先生が困っているということは、子どもたちも困っていると考えることが、ひいては子どもたちの指導の修正につながり、叱りなしの指導になっていくのではないでしょうか?
応用行動分析の手法を用いて行動の枠組みを作ってしまうというやり方もあるとは思いますが、子どもたちの情動的な営みに目を向け、心を育てることを忘れずに頑張っていきたいと思います。
年度末に向けてまとめの時期に入ってきました。慌しい中で一年間の指導を振り返る大切な時期だと思います。もう一踏ん張りですね。
参考文献
白石雅一著(2013)、「自閉症スペクトラムとこだわり行動への対処法」、東京書籍

綿引 清勝(わたひき きよかつ)
東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard)
東京都内の知的障害特別支援学校で中学部、高等部を経験後、現在は小学部の自閉症学級を担任。自身の実践を振り返りながら、子ども達が必要としている支援とは何かを考えていきたいと思います。
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