2014.12.04
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体育の授業力向上のために

東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard) 綿引 清勝

 早いもので、あっという間に12月に入りました。年末の慌ただしさもありますが、寒さに負けず、頑張っていきたいものです。

 さて、前回は体育の授業における構造化について簡単にお話しさせていだきました。実際、授業を組み立てていくにはこの構造化がとても重要になってきます。

 では、構造化をどのように生かしていけば良いのか、いくつかの観点を整理しながら考えていきたいと思います。

 

運動の量と質を担保することを念頭に

 体育の授業における「良い体育授業の定義」については、第1回の投稿で説明させていだたきましたが、高橋氏(2010)は、教師行動について以下のことを指摘しています。

 教師行動の特徴を

  (1)教師自身によって示されるマネジメント行動が少ない。

  (2)説明、演示、指示といった直接的指導に配当される時間量が少ない。

  (3)相互作用につながる積極的な観察行動がみられる。

  (4)発問-応答、フィードバック(称賛、助言)、励まし、補助などの相互作用が多い。

  (5)個々の子どもの運動学習に対するフィードバックが多い。

 とし、量的な分析を行っていますが、行動の質(言語的行動の質)についても次のような特徴を挙げています。

  (1)説明場面での教師の言葉が鮮明で意味深く、子どもが傾聴する。

  (2)子どもたちの学習行動に対する観察が鋭く、まとめの場面での評価の言葉が素晴らしい。

  (3)肯定的・矯正的フィードバックに関わって有効な指導言葉(伝達性、双方向性、共感性、適切性、適切な課題の提供)が適用されている。

  (4)教材解釈が深く、とくに運動技術や戦術の要点を理解している。

  (5)技術的課題に対して、発問(答えが明確な分析的発問)を投げかけ、子どもたちに思考させ、解答させるようなテクニックを用いている(誘導発見的指導)。

  (6)言語に加えた非言語的行動がやさしく暖かい(ヒドゥンメッセージ)

  (7)能力の低い子どもへの関わりや指導が多く、有能感をもたせる努力を払っている。

 とあります。少し難しいので、基礎的な体育条件と併せて要約すると

 

 運動の量:「運動学習量が確保されている」、「説明、指示の時間が端的である」、「準備、片付け、移動、待機の時間が少ない」

 運動の質:「学習の成功体験がある」、「学習から離れている子どもが少ない」、「課題に対して、大きな失敗や困難を経験している子どもが少ない」

 という感じになるかと思います。これら6つの条件をクリアすれば、必然的に授業が良くなっていくと考えています。

 確かに体育は運動量の確保が大切だと思います。しかし、運動量を優先し過ぎると、ずっとランニングをしているといった極端な授業に陥る可能性が出てきます。

 また、教材や活動が子どもの実態や課題よりも先にきてしまうと、子どもにとっては活動が合わず、課題が難しすぎたり、簡単すぎたりすることや、待機時間が長くなる可能性が高まると考えています。よって、まずは個や集団に課題に応じて、「発達的な視点からどうやって成功体験を引き出すか」とともに、「子どもたちがどうすれば運動を楽しむことができるか」を考えていくことが大切ではないでしょうか。

 

※「運動量」と「運動学習量」は別な意味になります。古くから「体育は運動量」 と言われていますが、体力育成のための視点として「運動量」の必要が指摘されており、主体的に運動に関わるという視点では豊かな学習量が確保されているかが重要と言えます。

 

始めと終わりが分かる工夫を

 運動の量と質について述べてきましたが、子どもたちの主体的な活動を引き出すには、活動の「始め」と「終わり」が分かることが重要だと言えます。

 当たり前ですが、「分かる」や「できる」といった感覚は運動を引き出しますし、「分からない」、「できない」といった感覚は停滞につながります。

 例えば、数がよく理解できていない子どもに「10分間走る」という活動を行っても、いつが終わりなのかよく分かりません。当然ながら活動の見通しが立たないと、途中で停滞してしまうことは予想できます。

 そこで、音楽(BGM)を使用することで、活動と時間の感覚を結び付けるといった手だてを講じられることもあります。しかし、ここで注意しなければならないのは、「音楽が鳴っている間走る」という活動は、聴覚に過敏な反応がある子どもには酷な学習環境であることや、「ただ走るだけ」で周回数やフォームなど、学習の評価が曖昧になってしまう危険性があります。

 ゆえに持久走では、音楽に合わせて走るだけではなく、25mシャトルランの応用で個別のカゴに紅白玉を用意し、それが「なくなったら終わり」というような活動を設定します。そうすることで、活動の終わりが明確になると共に、25m(往復)×20個程度だと、およそ1㎞は走ることができますし、褒める機会も最低で25回はあります。

 数が理解できる場合は、マグネットボードやカウンターなどを活用し、「今日の目標」といった周回数などの具体的な目標を設定することが有効な場合もあります。

 「○周走る」といった「個別の目標を設定し、活動の見通しをもたせる」ことや、「具体的な目標タイムを設定し、タイマーなどで時間が確認できるようにする」など、「学習課題」を本人が理解し、その課題が達成できる「手だて」を工夫していくことが大切です。

  

 このような視点は、個人の活動に限らず、球技でも同様のことが言えます。少し前の話になりますが、高等部の生徒のフラッグフットボールの教材の授業を行いました。

 フラッグフットボールの良さとしては、「生徒の学習経験が少ないことで目新しさがある」ことや、ボールが楕円なので「予想外のボールの動きが興味を引く」といったメリットがありました。また、教材の特性として、ボールを持って走ることができるため、粗大運動が苦手な子もルールを工夫することで楽しみやすくなるということがあります。

 単元においては、攻撃と守備を分けることで攻撃側は「スタートラインからボールを持ってゴールのカゴに入れる」、守備側は、「ボールを持った人のフラッグを取る」とそれぞれの活動内容が理解しやすいように配慮をしました。結果としては、攻撃側は「ランとパスのどっちを選択するか」で混乱し、守備側は「フラッグとボールのどちらを取れば良いか」といった点で学習が停滞する場面が見られました。

 そこで、キーワードカードを授業の導入時に活用し、攻撃側の目標は「走る」、守備側の目標は「フラッグを取る」と端的な提示をした結果、活動はとてもスムーズになり、授業の導入時の説明時間も短くすることができました。

 生徒にも、言語とモデリング(示範)による説明と「キーワードカード」による説明のどちらが分かりやすかったか聞いてみると、キーワードカードの方が分かりやすかったとの回答が多くありました。

 

体育授業の省察を

 体育の授業は「(1)インストラクション場面(教師の指導場面、説明や演示)」、「(2)マネジメント場面(移動、待機、準備、片付け、待機)」、「(3)運動学習場面(準備運動、整理運動、ゲーム、練習)」、「(4)認知学習場面(グループでの話し合いや学習カードの記入)」に大別することができます。

 授業の配当時間に対してこれらの項目の割合を算出することで、授業の構造がどのようになっているかを省察することができます。

 例えば、理想的な体育授業として、マネジメントの割合はおおよそ2割程度以下、学習場面は6割以上と言われています。しかしながら、必ずしもこの条件を満たしている授業ばかりではありませんが、そのような授業に共通している点として、マネジメント時間の長さ(特に待機時間)が挙げられます。

 待機時間を減らす工夫としては、前回の投稿でも触れていますが、上述したように「子どもがわかる活動」を設定することで、能動的に学習に取り組むことができる環境を整えることと、集団での効率的な指導がポイントになります。

 特別支援学校の場合は、複数の教員が配置されていますので、子どもと一緒に教師が待っている時間を減らし、予備課題と重点課題を設定することや、1対1の指導だけでなく、複数の生徒が同時に活動できる工夫をしていくことで大きく改善できるでしょう。

 例えば、サッカーのパス練習では、一人の教師と複数の生徒が順番にパスの練習をするのではなく、二人組でパスの練習をするといったことが挙げられます。もし、二人組のパスが難しいというのであれば、まずは対人的な距離やペアの組み合わせ、ボールの大きさや空気圧などを調整し、活動が成立するような工夫が必要になります。

 そして、そもそもその子にとってボールを蹴るという活動がどういったねらいをもっているのか?あるいは、発達段階として無理はないか?といったアセスメントから見直してみることで、授業改善の方向性が見えてくることもあるでしょう。

 マネジメントを工夫する方略としては、移動時間の短縮も挙げられます。特別支援学校の授業を見ていると、始業時間が遅れることもあるように思いますが、やはり教師が積極的に時間を意識した行動をとっていく必要があるでしょう。そうすることで、子どもたちの授業に対する意識もグンと上がります。逆に、教師が時間にルーズであれば、当然子どもたちの行動にも影響があると思います。子どもの姿は、その教師の授業に対する姿勢を映す鏡です。

 集団が移動する場面においても、(急かし過ぎるのはよくありませんが)カウントダウンや移動の時間を設定することが有効だと言えます。

 例えば集合場所から活動場所へ移動する際、「次の場所へ移動してください」と「10カウントで次の場所へ移動してください」とでは、子どもたちの動きが違ってきます。これに「どっちのグループが早いかな?」などとグループごとに刺激を入れるもありますし、10カウントで間に合わないようなときには「3、2、1、0.7、0.5、0.3…0」とカウントを伸ばすこともあります。

 「カウントが間に合わない」と注意をすることが目的でなく、活動の一つ一つに意味をもたせ、子どもたちの学習意欲と結び付ていくことが大切でしょう。そして、「素早く行動することを意識づける」ことと、それが「できたときに正しくフィードバックする」ことが重要だと言えるでしょう。

 最も子どもがやる気を無くすのは、教師が消極的に授業に参加し、移動時間等で授業の勢いが止まってしまうことだと感じています。子どもたちは次の活動を期待し、気持ちを高めているので、スムーズに活動がつながるように支援する視点を大切にしたいところです。そして、マネジメントの時間を減らすことで、運動学習の時間をより確保することができます。子どもたちの運動欲求を満たす授業でありたいですね。

 

公平に関わることの大切さ

 シーデントップ氏(2010)は、教師が子どもたちとより良く関わることについて、相互作用の一貫性が重要であると述べています。

 例えば、授業中にある子がふざけていた場面に対して容認し、別な子が同じようにふざけた時には注意を促すといったことをすれば、注意を受けた子は「なんで自分ばかり」と注意を受けた内容よりも不満感が残るでしょう。また、運動ができる子ばかりを誉めたり、演示に選んだりすれば、「できる子ばかり」と不公平感が強まります。最近では特別支援教育の視点も広がってきていますが、個別指導に特化し過ぎることにより、「あの子ばかりズルい」という状況が生じる可能性もあります。

 文頭で「能力の低い子に…」と書きましたが、子どもたちが成功できるように丁寧な指導や言葉かけを行うことと、個別に特別扱いすることは、違うものだということを理解していくことが大切だと思います。

 一人一人のより良い学びや学習の成功を支える背景には、子どもたちが安心して「わからないことを質問できる」ことや「失敗しても大丈夫」といった授業の安心感がポイントになるのではないでしょうか。

 一方で、「今度は自分が演示に選ばれるかもしれない」、「先生や友達が褒めてくれる」といった期待感や緊張感も重要ですね。

 

 授業者として、ビギナーほど子どもに対する指示が多く、支配的になってしまうということがあるように感じています。一度、自分の授業をビデオに撮って見直してみると、「これまで自分がもっていたイメージとは、実際の授業が大きく違っていた」なんてことは、私自身も経験があります。日々の業務で忙しい中、振り返りの時間を捻出することは大変ですが、長期休業で机上業務の時間が取りやすい時期に授業の省察をすることで、授業力は確実に上がっていくでしょう。

 良い授業の雰囲気を大切に、充実した授業作りを頑張っていきましょう。

 教師としてのメタ認知、すごく大事です。

 

 

参考文献

 高橋健夫、岡出美則、友添秀則、岩田靖(2010)、「体育科教育学入門」、大修館書店 

綿引 清勝(わたひき きよかつ)

東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard)
東京都内の知的障害特別支援学校で中学部、高等部を経験後、現在は小学部の自閉症学級を担任。自身の実践を振り返りながら、子ども達が必要としている支援とは何かを考えていきたいと思います。

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