長管 短管
アダプテッド・スポーツとは
スポーツの得意、不得意はありますが、個の特性に応じた工夫をこらすことによって、誰でもスポーツに参加し、楽しむことができます。例えば、ボウリングのガターレーンを塞いで誰でも得点が取れるようにすることや、バレーボールを風船バレーに切り替えるなど、ルールや用具を適合(adapt)させることにより、障害のある人だけでなく、幼児から高齢者、体力の低い人など、誰でも参加できるようなスポーツの総称をアダプテッド・スポーツと言います。
さて、9月に運動会や体育祭を実施する学校は、準備が始まっていることだと思います。今回は、その運動会をアダプトするということについて考えてみたいと思います。
運動会の時期に子どもたちが落ち着かなくなる理由については、川上先生の 「運動会の時期に、授業に集中できない子が増える理由(www.manabinoba.com/index.cfm/8,10009,21,112,html)」を参考にしていただければ良いかと思いますが、集団参加が苦手な子の特性の一つに聴覚防衛反応(聴覚過敏)があります。
そして、聴覚防衛反応については、植竹先生が「音におびえる子どもたち-聴覚防衛反応の理解と改善-(http://www.manabinoba.com/index.cfm/8,19095,21,181,html)」、「音におびえる子どもたち(2)-当事者が語る生き辛さ-(www.manabinoba.com/index.cfm/8,19129,21,181,html)」で詳しく説明してくださっていますが、これまで私自身が学校行事を計画していくに当たり、体育科の教員として、雷管の使用について校内で何度か議論をしたことがありました。
聴覚防衛反応がある子どもについて
聴覚過敏があると、私たちが通常聞こえている音の世界とは、全く違う世界が広がっていると言います。例えば、私たちが日常でそれほど気にならないような音でも、とても大きな音に聞こえたり、ひどい時には黒板を鉄の爪でギィーっとひっかくような不快な音に聞こえるそうです。
そういった環境においては、当然学習に集中することは困難ですし、ひどい場合は自律神経系のトラブルから、体調を崩す可能性も考えられます。
このようなリスクに対して実際の授業場面を見ていると、音楽をかけて体育館をランニングするような活動では、耳を塞いで走っている子どもを見かけることがあります。体育館の場合、BGMの反響音も大きくなるので、グラウンド以上に音に対する配慮が必要になりますが、ボリュームを落とすことや、曲調を変えるといった配慮が必要だと言えるでしょう。
我慢しても良くならないという点に配慮が必要です。
運動会では、活動中に絶えず音楽が流れていることが多いと思います。私たちでも一日中大音量の音楽を聴き続けていたら、さすがにしんどいことは容易に想像できます。ですので、音響機器のボリュームには細心の注意が必要です。また、マイクを使う場面が増えますが、「先生の方を見てください」とアナウンスした際、目の前の教員ではなく、音の鳴るスピーカーへ注目する子どもがいることについても理解が必要です。
特別時程に入ると、グラウンドや体育館など、学習環境のスペースが大きい授業が増えますので、授業中にどこへ注目すれば良いか、どう動いたら良いかなど、分かりやすい目印を用意すると、より学習もスムーズになるでしょう。
突然音が鳴ることの怖さ
雷鳴恐怖症や花火恐怖症など、成人でも特定不安を伴うケースがありますが、聴覚防衛反応によって生じる身震いや発汗、パニック発作、突然の尿意、吐き気、恐怖感、心拍数の上昇など共通した不適応が見られます。また、安心できる人(キーパーソン)がいることで、その症状が緩和されるといったことも報告されています。
これらの不安は、無理矢理に慣れさせようとすると余計に悪化することがあるので、注意が必要です。恐怖症の緩和方法としては、認知行動療法などが用いられますが、聴覚防衛反応の緩和方法としても、例えば苦手な音をラジカセに録音し、自分でボリュームを調整しながら不安を取り除いていくといった方法があります。
しかしながら、風船の破裂音が怖くて近寄れない子どもがいますが、スタートの合図で用いられる雷管についても、突然大きな音が鳴るという点で、すごく恐怖を感じる子どもがいます。そういった子どもに対して、運動会の雷管については色々と考えるところがあります。
誰のための運動会か
運動会は誰のためにあるのでしょうか。考えるまでもなく、子どもたちのためにあるものです。ですので、少しでも子どもたちが良いパフォーマンスを発揮できるように環境を整備していくことが求められていると言えます。
確かに、認知行動療法の様な手法で雷管への不安や恐怖を緩和させるという方法は考えられますが、学校生活を安心して過ごす配慮として、そこまでの努力を子どもに求める必要があるのでしょうか。
これまで雷管の使用を推奨している先生方に理由を聞いたことがありますが、「運動会はピストルでやってきたから」、「ピストルの方が雰囲気が出るから」、「オリンピックではピストルを使っているから」といった理由が多く、あくまでもその先生の経験的な話しであって、論理的な必然性が感じられないことが多いように思います。
子どもが怖がっているのに、なぜ、そこまでしてピストルで雷管を使わなくてはならないでしょうか。
最近は、スタートにホイッスルを使う学校が増えてきました。そうすることで、子どもたちが安心して活動に参加できることが増えます。つまり、雷管の音に子どもがこだわっているのではなく、これまでの習慣に教員がこだわっているように感じるのは、私だけでしょうか。
短管と長管
ホイッスルには、短管と長管があります(冒頭の写真参照)。音を聴き比べてみると、長管の方は音が柔らかいので、子どもたちは聴きやすいようです。また、素材についても、プラスチックよりは金属の方が音は柔らかい印象があります。
ホイッスルの使用については、不審者対策のため体育の授業では使用しない学校も増えていますが、使用する際はできるだけ子どもたちに負担の少ない物を選びたいところです。
授業は、本来安心して取り組むことができる環境がとても大切なことだと思います。ちょっと一手間かけるだけで、子どもたちの反応は変わってきます。新しいことを取り入れることを恐れず、良い授業づくりを目指してチャレンジしていきたいものです。
みんなが気持ちよく参加でき、最高のパフォーマンスを発揮できる運動会になると良いですね。
今回はアダプッテッド・スポーツの視点から、運動会を考えてみました。
夏休みも折り返し地点を過ぎましたが、連日、逃げ場のないような暑さが続いています。
頑張りましょうと言いながら、ホトホトまいっているのが現実です。
あと3週間、日焼けは仕方ないにしても、ヤケをおこさないで乗り切りたいものです。
※8月23日、24日に行われる日本自閉症スペクトラム学会のシンポジウムやポスター発表に参加させていただけることになりました。
内容については後程ご報告させていただきますが、もし、これまでの投稿も含めてご質問等がございましたら、会場で遠慮なくお声かけください。よろしくお願いいたします。

綿引 清勝(わたひき きよかつ)
東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard)
東京都内の知的障害特別支援学校で中学部、高等部を経験後、現在は小学部の自閉症学級を担任。自身の実践を振り返りながら、子ども達が必要としている支援とは何かを考えていきたいと思います。
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