身体的有能さの認知について
運動有能感は、運動に対する3つの因子で構成されていますが、第一の因子として、運動の技能に対しての自己認知を「身体的有能さの認知」と言います。
例えば、「鉄棒ができる」、「走るのが得意」というように、自分の運動技能について自信をもつためには、「なに」が「どうできるようになったのか」を適切に評価していくことが必要です。
この場合、その場で褒めるだけでなく、タイムや回数などの記録を本人に提示し、「どれぐらい成長しているか」ということが分かるように絶対評価の工夫が有効です。
以前行った持久走の単元の時には、電車が好きな子に対して走った距離を毎回合算し、山手線を進んでいくゲーム形式の提示をしたことがあります。合計34.5㎞を単元の終わりには見事に走り切り、本人も走ることが大好きになったと言っていました。
自信が高まれば新しい活動にもチャレンジしていく意欲につながるので、しっかりと育てていきたい因子です。
統制感について
第二の因子として、運動に対してやればできるという自己認知を「統制感」と言います。
「頑張ってもできないから…」と体育の授業に参加できない子どもには、闇雲に「頑張れ!!」と励ますだけでなく、そのための配慮と支援が必要です。
特に運動が苦手な子の場合、「エラーレス」な練習の積み重ねが非常に重要になります。
実際に教育現場の子どもたちを見ていると、運動に対して自信がない子には、100回の失敗の上に1回の成功があったとしても、それまでの失敗体験のイメージの方が大きく上回ってしまうことがあります。中には1、2回の失敗でもう活動に取り組むことができなくなってしまう子もいます。
よって授業の中では、小さくても1回の成功を100回積み上げていくことを支えることが支援のポイントだと考えています。
すべてが一人でできることが正解なのではなく、時には誰かの支えを受けながらでも良いと思います。
大切なことは、一つ一つの活動を成功で終わらせるように指導していくことです。
受容感について
第三の因子として、運動の技術や自信だけでなく、運動を介して他者に認められているという認知を「受容感」と言います。
運動に対しては、得意・不得意があります。しかし、運動は不得意だとしても「友達と一緒に身体を動かすことが楽しい」、「先生が褒めてくれるから、体育は好き」と他者との関わりから運動を好きになるという視点は、とても大切なことです。
逆に「運動は好きだけど、先生が怖いから体育は嫌だ…」ということは、なんとも悲しいことです。
受容感を育てるポイントは、「△△がダメ」という注意ではなく、「○○が良かった」という「良いとこ探し」に尽きます。
あるバレーボールの大会に参加した時、危険なプレー以外は、絶対に注意をしないと決めていました。
サーブレシーブを失敗しても「ボールに触れたから大丈夫だよ!」、スパイクがネットを越えなくても「みんなで上手につなげたよ!」と良いところを褒め続けました。
残念ながら試合は負けてしまいましたが、最後の感想では選手一人一人が自分の目標を達成し、充実した大会だったことを発表してくれました。
不器用でも良いのです。
本人なりの楽しみ方や目標を見出すとともに、それを認めてくれる人がいることが重要なカギになります。
運動有能感の低い子に対する支援のあり方
失敗が重なることで運動有能感が低くなり、体育の授業に参加できなくなってしまっている子がいます。
そういった子には、まず信頼関係をつくり、安心できるようにしてあげることが大切です。
「体育なんて大嫌い!!」って子がいました。その子に対して、まずは活動場所の体育館まで一緒に行って見学することからはじめ、平均台を歩く活動では、手をつなぐことでその子は参加し、最後まで渡ることができました。あとでその理由を聞いてみると、「先生が支えていてくれれば、自分にもできると思った」とのことでした。
運動が苦手な子の理由の多くは、失敗を怖がっています。よって、「やらない」のではなく、「やれない」ということを受け止め、そっと手を差し伸べてあげることが、始めの一歩になると思います。
私たち教師は、競技スポーツ選手を育てることが最も重要な課題なのではなく、一人でも多くの運動が楽しいと思える子どもを育てていくことが求められているのではないでしょうか。
次回は、個別指導計画と体育について考えてみたいと思います。

綿引 清勝(わたひき きよかつ)
東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard)
東京都内の知的障害特別支援学校で中学部、高等部を経験後、現在は小学部の自閉症学級を担任。自身の実践を振り返りながら、子ども達が必要としている支援とは何かを考えていきたいと思います。
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