この度,第15期から執筆させていただくことになりました,綿引清勝(わたひき きよかつ)と申します。
私からは,専門教科である「保健体育」や「障害のある方の余暇や就労」などの話題を中心に提供させていただきたく思います。よろしくお願いいたします。
現任校は中・高併設の知的障害特別支援学校ですが,先月1年生から持ち上がっていた生徒たちを高等部に送り出し,新たな気持ちで新年度を迎えています。今年度は,期限付きで現場を離れているため,改めて教育現場を俯瞰し,自分の実践を振り返ってみたいと思います。
1 良い体育授業ってなんだろう?
現場の先生方に「良い体育の授業ってどんな授業でしょうか?」と質問をすると,「体育は運動量です!」といった意見をいただくことがあります。
確かにある肥満率の調査結果を見ると,知的障害のある児童・生徒の方が定型発達児よりも高い傾向が報告されていることから、日常的に身体を動かし,カロリーを消費することや運動の習慣を身に付けていくことはとても大切です。
本校中学部の教育課程においても、週に2時間設定されているコマの保健体育の授業とは別に,毎朝25分の朝の運動が行われており,通常学校の教育課程よりも体育の時間が多く設定されていることからも,保健体育科における期待と重要性が見受けられます。
しかしながら,運動量の確保という名目でひたすらランニングを繰り返すような授業だとしたら,子どもたちは授業で何を学んでいるのかを冷静に考えなくてはいけないように思います。良い体育授業の条件として高橋ら(2010)は,以下の内容を挙げています。
(1) 体育の主要な授業場面のうち,「運動学習場面」に配当される時間量が多い。
(2) 教師の「インストラクション(説明,指示,演示)場面」や「マネジメント(準備,片付け,移動,待機)」に配当される時間が少ない。
(3) 個々の生徒の「学習従事」,「成功裡な学習従事」,「運動学習従事」,「成功裡な運動学習従事」の割合が高い。
(4) 「課題から離れた行動(off task)」をとる生徒の数が少ない。
(5) 学習課題への取り組みにおいて,「大きな困難や大きな失敗」を経験している生徒の割合が少ない。
より良い授業を実践していくには,このようなポイントをもう少し具体的に押さえ,授業を運営していくに当たって「教師行動」の見直しが求められていると考えます。
2 体育授業を科学する
「無くて七癖」とは良く言ったもので,研究授業のビデオ記録を自分で見直すと,普段気付いていない様々な発見があります。
私の場合,研究授業の協議会で,「生徒との距離の取り方」や「言葉かけの早さ」等,日頃から「気を付けているつもり」になっている指導技術に対する助言を受けて,ハッとしたことがありました。このように,自分の長所や短所を把握するとともに,一定の視点から授業を整理していくことで,より良い授業が創られていくと考えています。
それでは,保健体育の授業を科学的に分析していくに当たり,「四大教師行動(モニタリング,相互作用,マネジメント,インストラクション,)」について具体例を交えながら考えていきます。
3 モニタリング(省察)について
モニタリングは生徒を観察することですが,「積極的なモニタリング」と「消極的なモニタリング」があります。
積極的なモニタリングは教師が能動的に生徒を観察し,様々な観点から分析を行います。一方で,消極的なモニタリングは,受動的に観察するため,生徒によっては「先生が見ていてくれない」と不安に思うこともあるかもしれません。ですので,授業を進めていく上では,積極的なモニタリングを行い,生徒が「先生に見てもらえている」という安心感と信頼関係を作ることが大切です。
新採の頃の体育の授業で,「先生,僕の○○はどうでしたか?」との問いかけに「ごめん,見ていなかったからもう一度やってもらえる?」と返した時の生徒の残念そうな顔は,今でも忘れることがありません。
4 相互作用(かかわり合い)について
子ども達との人間関係に対する教師の働きかけのことを,相互作用と言います。
以前,小学校の体育授業でサーキット単元の研究をした際,児童同士のかかわり合いを意図的に設けたグループと個人の活動に特化したグループでは,かかわり合いを意図的に設けたグループの方が,「運動を通して友達や教師の認められているという気持ちが高い」という結果が出ていました。
このような結果からも,授業を通じて,他者とのかかわりを大切にし,適切に設定していくことが,体育を好きな子どもを育てる重要なポイントだと考えています。
5 マネジメント(授業の計画)について
移動,集合,準備・片付け役割行動,練習の順番等,授業のルーティーンにかかわることで,円滑な授業や勢いのある授業は,このマネジメントが整理されていると言えます。
単元によって「集合場所は決まっているか」,「教師の立ち位置や授業の動線は適切か」,「準備や片付け方法や場所は,生徒がすぐに分かるようになっているか」,「授業の流れに見通しをもっているか」等,学習の主体性にもかかわる指導技術です。
構造化されたマネジメントは,子どもの主体的な学習を引き出します。例えば,器械運動の単元では,「役割ボード」を用意し,生徒の氏名と必要な用具の写真を貼り,一目で自分が何をどこに用意すれば良いかが理解できるようにしていました。
「活動場所の整備」,「授業の流れの工夫」,「見ただけで理解できる教材・教具の工夫」等,できるだけ教師が説明をする場面を減らすことが,運動学習場面の時間の確保や生徒の学習に対する集中力にも影響するので,指導略案の作成や周囲の先生方との打ち合わせ等を通して,事前のシミュレーションを大切にしています。
6 インストラクション(学習指導)について
インストラクションは,運動の前に指示を行うフィード・フォワードと運動後に評価を返すフィードバックがあります。
授業は学びそのものだと考えていますが,色々な研究授業を見ていると,その活動から生徒が何を学べば良いのか混乱している場面に遭遇することがあります。 例えば,キックベースの授業で「ボールを蹴って,ベースに向かって走る」という場面がありました。
生徒の活動に対して、授業者の先生はホームベースの後ろに立ち,「上手にできたね」と一生懸命褒めていましたが,知的障害がある生徒の場合,「ボールを蹴ったこと」と「ホームベースに走ったこと」のどちらを褒められているのか混乱しているように見受けられました。
このような場合,授業のねらいを焦点化するという点では,「蹴る活動」と「走る活動」は分けて行い,それぞれの技能が定着してから組み合わせて行うか,どちらかの技能を先に指導し,他の動きと活動がつながるように指導していく方が,より学習も深まると考えます。
7 運動有能感を高める体育授業
私が考える良い体育授業とは,抽象的な表現になってしまいますが,生徒が意欲的に活動し,勢いを感じさせてくれる授業です。そして笑顔が多く,活動を友達や教師と楽しむ過程に学びがあると考えています。
生徒が運動に向かい,継続するためのエネルギーとして運動への動機付けが大切になりますが,そのためには「運動有能感」の高まりが大切だと考えられています。次回は,この運動有能感について,提案してみたいと思います。
参考文献
・高橋健夫,岡出美則,友添秀則,岩田靖(2010),「体育科教育学入門」,大修館書店,pp.48-53

綿引 清勝(わたひき きよかつ)
東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard)
東京都内の知的障害特別支援学校で中学部、高等部を経験後、現在は小学部の自閉症学級を担任。自身の実践を振り返りながら、子ども達が必要としている支援とは何かを考えていきたいと思います。
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