「学校と家庭との連携」
もう何の疑う余地もない、清く正しい現代的な教育キーワードです。
でも、今回のつれづれでは、あえてダウトをかけてみたいと思います。
「学校と家庭との連携」
「早急で迅速な対応」くらい、上滑りのする役所言葉ではないでしょうか。
わたしもレポートなんかには、落としどころとして便利だから使ってしまいますが(笑)。
「学校と家庭との連携」
子どものことを、共通理解して、それぞれ役割分担を明確にして、協力して取り組むこと。
だいたいがこのような定義で、いろいろな本には書いてあります。
役割分担って、何?
明確にするって、どういうこと?
「お風呂掃除は旦那の仕事って決めてるから!」そんなレベルの話なのでしょうか(笑)。
「学校と家庭との連携」
このキーワードがにわかに脚光を浴びているのは、それが大切だと強調しなければいけない時代だから。
裏を返せば、あえて声高に叫ばないと、それができない学校と家庭が多いから。
「学校と家庭との連携」
医療の世界で、似た言葉がありますね。「インフォームド・コンセント」。
インフォームド・コンセントの根本は、多少とも当事者が参加できるようにするもの。
「そういうことがあるのか。」
「そういうことをするなら、わたしはこういうことができるかな。」
これが理想的な姿ですが、
「こういうことがあるのであらかじめお伝えしておきます。あとで訴えられたらかなわないから。」
だと、これは宣戦布告です。
「学校と家庭との連携」
私の専門である特別支援教育では、「学校と家庭との連携」やインフォームド・コンセントを具現化したツールがあります。
その名も「個別指導計画」。
かつて、個別指導計画の文末表現を、「である」調にするか、「ですます」調にするかで議論してことがあります。
学校の組織的な論理からすれば、「保護者に見せるものなのだから、丁寧に。ですます調で。」ということになります。
丁寧な文章で書くことは、それはいいことなのだけど、「保護者に見せるものだから」という時点で、「学校と家庭との連携」は、いったいどこへいってしまったのでしょうか?
宣戦布告の香りが漂います(笑)。
そうして、個別指導計画をよくわからないまま書く人が増え、こんな個別指導計画が蔓延しています。
・何が書いてあるのだかわからない個別指導計画
・専門的な言葉に酔いしれている個別指導計画
・読む気のしない個別指導計画
・文字の間違いを探すくらいしか興味のない個別指導計画
・コピペだらけの個別指導計画
「学校と家庭との連携」
個別指導計画に沿った教育なんて、楽しくない!
実は現場のほとんどの先生が感じていることだと思います。
この気持ちは大切にしたほうがいいと思います。
多くの家庭が願っているのは、「子どもが楽しく学校に通えているかどうか」ですから。
先生が楽しくない教育なんか、子どもが楽しめるわけがない!
個別指導計画を作るのが楽しくて仕方ない先生は、どうぞ個別指導計画作りに邁進してください。そのほうが、楽しい教育ができるから。
かくいう私は、計画作り大好きなので、邁進します!(笑)
増田 謙太郎(ますだ けんたろう)
東京学芸大学教職大学院 准教授
インクルーシブ教育、特別支援教育のことや、学校の文化のこと、教師として大事にしたいことなどを、つれづれお話しできたらと思います。
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