2014.02.21
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身体の上手な運転とボディイメージ

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士 植竹 安彦

熱い冬に

 ソチオリンピックで盛り上がっていますが、私は来月7日から始まるソチパラリンピックの開催も待ち遠しく思っています。パラリンピックは5競技と少ないのですが、日本選手に金メダル候補が数多くいますので、3月も黒海のほとりの街、ソチが熱くなりそうです。

 

 今回のつれづれも、ぜひ皆さんに知ってほしい内容をお届けします。

 

 それは「ボディイメージ」についてです。

 

「身体の運転」うまい・ヘタ

 私の勤務校には、車いすを生活の足として使用している児童・生徒が数多く通っています。電動車いすを巧に操り、机と机の狭い間を上手にすり抜けていく子どももいれば、自分の手で車いすをこいでいるのに、目測が合わずに机にぶつかってしまう子どももいます。

 

 大人でも自動車の運転が上手な人もいれば、縦列駐車なんて絶対にできないという人、なかなか右折のタイミングが計れず、交差点で曲がれない人もいます。

 

 車いすにしても、自動車にしても、車体の幅や長さの感覚がよく分かっている人は、自分のイメージ通りに運転できますし、車体感覚がぼんやりとしている人は、通れると思っていたのにぶつかってしまうことがしばしばです。

 

 実は、人間の身体に関しても同じことが言えます。

 

 着替えがうまくできず、Tシャツの首の場所から手が出てきたり、ジャングルジムで頭をぶつけたり、縄跳びで跳ぶタイミングがつかめなかったり、サッカーで転がってくるボールを蹴ろうと空振りしたりする姿と重なります。

 

 「自分の身体に対する実感」のことを「ボディイメージ(身体意識)」といいます。

 

 正にボディイメージとは読んで字のごとくですが、視覚的なイメージというより、もっと「生理的・身体的な自己像」のことをいいます。「体の輪郭のイメージ」、「手足」の状態、「姿勢の軸」などのイメージです。

 

 このボディイメージが育つと、自分の身体を、自分の思ったように、自由に動かせる力となります。

 

ボディイメージの形成=初期感覚の統合

 では、ボディイメージを育てるにはどのようなことが必要でしょうか。

 

 それは、自分の身体の隅々に意識が向いていくことが大切です。そこで、身体の隅々に意識が向くための要素として、初期感覚と呼ばれる3つの感覚を育てていくことが重要になります。

 

 その3つとは、これまでのつれづれ日誌で何度も登場してきているあの感覚です。

 

(1)前庭(平衡)感覚・・・「姿勢の傾き(身体の軸)」「運動方向」「加速度」

バランス感覚とも呼ばれる感覚ですが、この情報で、自分の身体が動いている方向や速さ、身体の傾き具合などが分かります。育て方などの詳しくは、つれづれ日誌「姿勢の大切さ」を読んでみてください。

 

(2)固有覚・・・「力の入れ加減」「筋緊張」「姿勢の状態」

自分の体や手足の力の入れ加減や曲げ伸ばしの状態、運動の状態を伝えてくれる感覚です。育て方などの詳しくは、つれづれ日誌「乱暴な子の誤解を理解へ」を読んでみてください。

 

(3)触覚・・・「身体の輪郭」「サイズの把握」

自分の体や手足の輪郭やサイズ、部位や位置関係がわかります。育て方などの詳しくは、つれづれ日誌「絶対知ってほしい触覚防衛反応を示す子の理解」「触覚防衛反応のメカニズム」を読んでみてください。

 

 これら(1)前庭(平衡)感覚、(2)固有覚、(3)触覚の3つの感覚を初期感覚といったりします。この初期感覚が統合されていくことで、自分の身体に対する実感が育ちボディイメージが形成されていきます。

 

ボディイメージ未発達と自信の無さ

 最初にも述べましたが、ボディイメージが高いと自分の体を思い通りに動かせ、身体を通した達成感がとても高い生活になります。

 

 では、その反対にボディイメージが未発達だとしたらどうなるでしょうか。

 

(1)不器用

 自分の体が思い通りに動かないわけですから、道具を使いこなせなかったり、動作の手順が踏めなかったりしますので、幼稚園でのお遊戯やダンスがうまくいかない、先生のまねをしたくてもできない(動作の模倣が苦手)ことにより、「社会性」が育ちにくくなります。

 

(2)苦手意識が大きくなる

 不器用なため、どうせ失敗するからと思って、はじめから「やらない」や、「そんなの簡単すぎてばかばかしい」などと友達に言う、「おちゃらけてごまかす」など、常に自分の心が傷つかないようにするバリアを張ろうとしやすくなります。

 

(3)視空間認知が育ちにくい

 外界との距離感を感じるセンサーが働きにくい状態なので、自分が存在している空間の広さやサイズ、前後左右の空間認知が崩れやすくなります。また、人ごみで友達や家族を探しにくくなるので、迷子になりやすかったりします。

 

(4)衝動的な行動や注意が散漫になりやすい

 ボディイメージは自分に対する実感ですので、その実感が乏しいことから、自分の体に注意を向けられず、ジュースを持ったコップを、よそ見をしながら机に置いてこぼすなどが多くなります。回りへ注意を向けるのも下手ですので、周りの人から見ると、とても衝動的な動きに映りやすくなります。

 

 このように、ボディイメージの未発達さから、認知の能力や社会へ適応する力にも関係してしまいます。逆にボディイメージが育つことで、自己有能感が高まりやすい育ちとなります。

 

 さらに、私が教えてきた子どもたちからの印象ですと、ボディイメージが育ってくると、自分の体を通した学びや実感が増えるので、「内面の感情」をより具体的な言葉で伝えるようになったり、表現の仕方にもバリエーションが増え、身ぶりが加わってきたり、より繊細な言葉の表現になってきたりするように思います。

 

 ボディイメージというと、何となくわかったようなわからない言葉ですが、このように見ていくと、とても大切な人の育ちであることが分かります。

 

 外で運動することが少なくなってきている、現代の子ども達です。発達を支える立場にある、教育者や保護者などが意図的に眼を向けないと育ちにくくなっている学びの場の現状をご理解ください。

 

 そして、ボディイメージの未発達による子どもたちの、心の寂しさにぜひ気付いてあげ、焦らせたり、責めたりするのではなく、寄り添いながら育てて言って欲しいと思います。

 

 次回は、キャリア教育とボディイメージについてお話をしたいと思います。お楽しみに。

 

 頑張れニッポン!

植竹 安彦(うえたけ やすひこ)

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士
肢体不自由教育からの視点を中心に、子どもたちの発達を支えるために日々できることを一緒に考えていきたいと思います。

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