2014.01.10
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レディー・ガガとラーメンの出汁

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

あるテレビ番組で、一人の女性がラーメン修行をしていました。
そのお店で煮干しを用いて出汁を作ろうと奮闘するシーンが、ドキュメント的に映像として流れていました。
私は、最初からこの番組を見ていたわけではありません。
店長が女性の煮干し出汁を味見して、不合格を言い渡しました。
出汁に使用された煮干しが大量にシンクに捨てられていいきます。
煮干しの山の大きさに驚くと同時に、もったいなく残念にすら感じました。
折角煮立てた出し汁を味見をして店長は、何度も不合格「やりなおし」を言い渡していました。
私は、繰り返せられる悔しさを乗り越えて、店長が女性に出汁を作りあげる厳しさと自分で出汁を作る感覚を掴む苦労を紹介しようとしている意図は理解できました。
しかし、失敗するたびに捨てられた煮干しの山はもったいないという面を強調しすぎるほど伝えたように私には見えました。
私は、「はっと」しました。
私が感じたように一つのシーンが、様々なとらえられ方が可能であることを。
そして、制作者が全く意図しない方向にあるシーンが、理解または解釈される可能性もあるのではと気づきました。

番組が制作者の全く意図しない方向で評価もされてしまう場合もあるでしょう。
制作者の意図と違った意味を持つ場合だけでなく、全く正反対の意味合いが負荷される場合もあるのでしょう。

私がたまたま目にした、この番組の数分の映像の中で、煮干しを煮立ててラーメンの出汁を作るにも、
煮る時間、煮干しの量、水の量、煮立て方などによって出汁が苦かったり、生臭かったり、
色々と違ってくることも分かり、ここは好感を持ちむしろ関心しました。

さて、私は煮干しが大量に捨てられる場面に「もったいない」という視点(考え方)を入れてしまいました。
大量に無駄なこと(本当は無駄ではないのだが)が行われた後であれば、それだけますます、ラーメンに合う出汁出来るという成功が引き立つことになるのです。
材料や時間を無駄にかければかけるほど、見合う達成感が大きくなるのでしょう。
苦労や努力に掛けた時間や費用が大きいだけ、ラーメンのスープの有り難みがより高くなるのです。
このようは論理は分からないでもありません。
ただ制作者は、「もったいない」という視点への配慮が欠けたのも事実ではないでしょうか。
私は何かを提案やプレゼンする場合に、一方にだけ偏りすぎる主張は、最近嫌われるのではないだろうかと考えています。
番組のテロップの中で断りを入れるか、ナレーションの中で何かコメントが一言入っていれば済んだことかもしれません。

最近の教育界でも、日進月歩と様々な施策や取り組みが提言されています。
その場合に一方的と取られないように、両者併論という方法がとられる場合が出ています。
教育委員会のあり方についてや学力テスト問題についてなどです。
片方の立場や論理だけが、幅を利かしてしまわないように配慮されているのではないでしょうか。
小さなことに思えますが、実はとても大事なことだと私は思います。
複眼的、多面的な視点で物事をとらえることが改めて見直されるのではないでしょうか。


特別支援教育の中での児童生徒への接し方にも似たケースがあります。
例えば視覚に障害があり、見えない、または見えにくい場合に、その障害を克服することを意図して状態に応じて様々な支援の手だてが工夫されています。
学習面はもとより日常生活を送る上で過保護や過干渉である事で、却って児童生徒の成長を妨げている場合があるのではないかと、いつも反省しています。
ある時は、意図的に児童生徒と距離を作り、失敗も含めて困難な状態を自分で乗り越えたり、耐えたり我慢する力がつくように支援の在り方を話し合います。
このような視点は、学校教育に限らず家庭教育、社会生活の中でも広く認められており、特別新しいことではないかもしれません。
私は、このような場合に2つ大切な事があると思います。
それは適度のバランス感覚と説明責任ではないでしょうか。
良かれと思った支援が行き過ぎることで、社会一般の常識から少しずつ乖離してしまい、それが続き全くおかしいことを平気で行うこともよく耳にします。
新聞やマスコミで教育問題や事件として取り上げられるケースは、このようなことが原因となっている場合があるのかもしれません。
また、児童生徒のために良かれと思ったことが、どんな立場や考え方で行うのかきちんと説明できることが求められてきています。
例えば行った支援がどのような法的根拠に基づいているのか、またはどのような実践や理論や考え方に従っているのかなどです。
できるだけ客観的にまたは科学的教育学的に裏付けがあることも求められているように思います。
だからといって経験上の感や知見を全く否定するわけではありません。


話しは飛躍するかもしれませんが、Lady Gagaさんが出演した番組を見る機会がありました。(ちょっとテレビ漬けの冬休みだったのか?)
私は、途中から慌てて録画しました。
どうしてかというと、Gagaさんの英語がとても聞きやすい英語だと感じたからです。
聞きやすいというのは、中学3年生で英語がいくらか得意な生徒であれば、一つひとつの単語が聞き分けられるほどのスピードだと思ったからです。
語彙や文法は高校1年生が理解できるレベルのものが混じっていました。
平易な語彙とゆっくりめのスピードでGagaさんはテレビの番組の中で話してくださったのかもしれません。
テレビ画面には幸い日本語で字幕が表示されました。
それで字幕を見ながら聴き取り教材に使えそうだと思ったからです。困った職業病ですね。
日本語の字幕を見て、なんという英語が使われているか聞く活動ができるのではと思ったのです。
字幕からどんな英語表現をするかと推測しながら聞くことができればいいなと考えました。
Lady Gagaさんと言えば、私には奇抜なファッションリーダー的な歌手というイメージしかありませんでした。
でも、彼女が字幕の中で話しているメッセージが、深く、Gagaさんは芯のしっかりした方であることに気づきました。
たとえば、MCとの対話で、宇宙でのコンサートについての中で、「チャリティーの収益をホームレスの方に寄付したい」。
また、空飛ぶドレスの紹介では、「地球に優しい」エネルギー問題と関連させて答えていました。
私は、Gagaさんのファッションや言動の裏に信念とポリシーがあることを知り、とても彼女に興味関心が強くなりました。
彼女の豊かで深い思想に彼女の歌曲やファッションから少しでも学ぶことができるといいかと考えております。
英語の教師なので、少しでも彼女の記事や話題が英文で紹介されていたら読んで、生徒に紹介もしたいという気持ちになりました。
さすがに彼女のライブを見たいという衝動まではいきませんが。
Lady Gagaさんも外見だけからのイメージで私は、本当のGagaさんと違った人物像を作り上げてしまっていました。
幸い、それを修正する機会が今回あったので嬉しくなりました。
ラーメンの出汁と同じように、色々な見方や切り口があることを知る機会になりました。


ラーメンの出汁に込められた深い深い思いや苦労とGagaさんの根底に流れている強いメッセージで私はなぜか温かい新年を迎えております。(この理解と解釈もあくまで私だけの独りよがりであることをお断りいたします)

今年も皆様がよりよい歳となりますように。
失礼いたします。

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

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