2013.11.05
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思春期を乗り越える「自己有能感」

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士 植竹 安彦

 芸術の秋に

 11月に入り、私の勤務している学校でも文化祭が行われました。きっと、皆さんの学校でも、名前は違えども、芸術祭や学芸会など文化的な行事がたくさん行われていることだと思います。

 

 文化祭など、集団で取り組むことで得られた達成感は「この仲間は最高だな」と、一人では得られない大きな心の満足感につながる瞬間でもあると思います。

 また、集団の中で役割を果たすことは、その集団の一員として自覚が育つからであり、「みんなのためならちょっとくらい辛いことも頑張ろうとする「セルフコントロール」をする力を育てていきます。

  「セルフコントロール=自己調整力」は、人が人として生きていくのに欠かせない力です。人のために力を発揮しようとする力は、日本でいう「匠の技」や、「おもてなし」の心の骨組みにあたる力だと思います。ぜひ集団の中で得られる喜びを得られる季節にしたいと思います。

 

 「生きる力」を育てるために

 さて、今回は「思春期を乗り越えるための自己有能感」をテーマにお話しします。

   なぜ、このテーマにしようと思ったかというとわけがあります。

 

 先日、世界でも有名なスーパーカーを日本(国産)で作った、当時の開発責任者の方のセミナーと懇談会に参加してきました。この車は、市販車で行われる世界のカーレースで3年連続優勝という結果を出した車です。男の子なら、誰でも憧れる車だと思います。

  そのような車を開発した方ですが、今年の3月に会社を定年退職され、次に選ばれた仕事が、「日本人の生きる力」をもう一度高めるというプロジェクトだそうです。

  私たち教員の使命とも言える「生きる力」を育てることについて、経済界も今、改めて注目しているそうです。開発者の方の熱い思いに感動しつつも、ふと思ったことがありました。

  それは、本来「生きる力」は学校教育や家庭教育の中でしっかり子どもたちに育てるべき力ではないのかと改めて思い、今回その「生きる力」の源となる「自己有能感」についてお話したいと思います。

  

思春期までに育てたい「自己有能感」

 

 では、なぜ、思春期までに育てないといけないのでしょうか?(思春期とは何かについても、今後詳しくお話できたらと思います。)

 

 それは、「自分とは何か」という問いかけを、自分自身についてしていきながら、くぐり抜けていかないといけないからです。それは、信じるに値する自分がそこにいないと、途中で本来望む方向へ進めなくなってしまうからと言えます。

  信じるに値する自分とは、よく言われるところの「自信をもつ」ことです。

  しかし、よくここに誤解や落とし穴があります。

 それは、自信ではなく「優越感」を育てているだけになっていることがあるからです。

 例えば、「○○さんは、いつもテストはクラスで1番でえらいよね」など、「他人との比較」になってしまっていることが多いからです。

  他人との比較しか育っていないと、他人より優れている時は「優越感」となりますが、他人より劣ってしまった場合は「劣等感」が育つことになります。

  この点から、自信を育てる際には、他人との比較ではなく、「自分」という基準、ものさしに対してどのように思えるかが大切なのです。

 

 自分というものさしが必要となると、その前に、「自分」という存在がしっかりと育っていることが必要です。

  自分というものさしがその都度メモリがぶれてしまうと、比べることができません。ぶれないメモリをもつために、

 

『自分を肯定的に受け止め、自分を「励まし」、自分をほめられる心のはたらき』、すなわち、「自己肯定感」が育っていないといけないというわけです。

思春期 と自己有能感

 では、この自己肯定感が育たずに思春期に突入してしまうとどのようなことになってしまいがちでしょうか?

 

(1)内に向かうと、「不登校」「引きこもり」になりやすい

(2)外に向かうと、「キレる」「自暴自棄」になりやすい

(3)自己否定となると、あまりここに書くこともためらいますが、「自殺」や、昨今の「無差別な殺人」などもこのあたりが原因ではないかと考えられています。

 

 自己有能感が育つ条件とは

それでは、「自己有能感」が育つための条件とは何でしょうか?

 

(1)自分自身を励ますための「励まし方」を、幼少期より「励まされる経験(学習)」を通して知っていること。

(2)自分の「存在」を「無条件で受け止めてくれる他者」の存在がいること。

(3)幼少期より、「興味・関心・好奇心」に基づいて、「自分で選び自分で決める体験」を積み重ねてきていること。※他人や親にあてがわれてやってきた経験は、自己決定ではないので、やらされたという思いが残ったり、自己有能感につながらなかったりすることがある。

(4)「成功体験(事実)」と「達成感(心の世界)」がたくさんあること。

 ここでいう、成功体験につなげるためには、遂行能力(失敗しないで上手にできる)が必要です。ここで「不器用さ」があると、「失敗体験」と「不成功感」が積み重なってしまいます。このような時に(2)の無条件で受け止めてくれる存在がないと心が傷ついて育ってしまいます。この器用さには、「社会性の器用さ」や「コミュニケーションの器用さ」など複数の器用さが含まれます。ここで、「平衡感覚」や「触覚」「固有感覚(重さや位置を感じる感覚)」が働いていることが大切。

(5)できたことへの「共有感」や「共感性」があること。

 チャレンジ(何かに取り組んでいる)していること自体の「共有体験」が、お互いの存在を通して「達成感」をより確かに感じられるものとします。

ここで、「触覚防衛」があると、人との共感性が育ちにくくなります(触覚防衛のつれづれ日誌参照)。

 

 以上の5つの条件があると、自己有能感が育ちやすいと言われています。
 

心と芸術を育てる秋に 

 いかがでしょうか。このような学びの場がしっかりと学校や、家庭、地域に存在しているでしょうか? 私自身改めて、しっかりとできていると言える自信がありません。

 「生きる力」を育める教員となるためにも、今一度、自分の教える場、子どもたちの学びの場を見直したいと思います。

 冒頭で述べましたが、文化祭など、集団で共感できる行事が多い季節です。一度このような自己有能感を育む条件をちらっとでも思い浮かべていただけたら幸いです。 

植竹 安彦(うえたけ やすひこ)

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士
肢体不自由教育からの視点を中心に、子どもたちの発達を支えるために日々できることを一緒に考えていきたいと思います。

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