2013.10.30
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「わからない」を可視化する

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

「わからない」を可視化する

ケース1
(  )内の語句を正しく並べかえなさい。
隆が遅れて、沙織はかんかんになった。
Takashi was late and (got, mad, Saori).

このような単語を並べかえて英文を完成させる問題を
解かれた方は多いでしょう。

では、このような問題を苦手にしている生徒にどのように
指導、対応したら良いのでしょうか。

もう既にある程度の英語力がある方には、全く問題にならない
ことでしょう。そもそも「分からないこと」が
理解できないかもしれません。

私は、次のような階層(ステップ)があると考えています。

レベル1 got, mad, Saoriが音声を伴った個々の単語として
認識し、発音できる。
レベル2 got, mad, Saoriの1つ1つの日本語の意味がわかる
レベル3 gotは動詞でgetの過去形で「~状態になる」
レベル4 madは「怒っている」状態を表す形容詞
レベル5 Saoriは「沙織」という人の名前で大文字で始まっている
レベル6 並べかえる単語は、日本文の「沙織はかんかんになった」
の部分であるとわかる
レベル7 「かんかんに」が「怒っている」という意味と同じことだと
わかる
レベル8 主語+動詞+形容詞などの語順(文型)が分かる

みなさんの目の前の生徒さんはどのレベルで立ち止まっていることが
多いでしょうか。
良く見られるのは、単語の意味と品詞の区別が不十分な状態であったり、
英語以前に日本語の理解が出来ていない場合もあります。
今回など「かんかんに」に相当する英単語がないと考える場合もあります。
分からないと感じたら、3語しかない単語を並べかえようとすらしない生徒もいます。

話は逸れるかもしれませんが、
これに限らず、自分の知らないこと、分からないことに対して
間違っても良いからとりあえず、答えてみることすらしない
ことをちょっと考えてみます。
私でしたら、もし今回の3語を並べかえる場合、それが英語でなく
フランス語やロシア語で出題されていたとしても、
何とか場合の数と確率的に書いて答案を埋めるようとすると思います。
しかし、意外と解答欄が空白のままで提出する生徒いるのです。
このような場合は、お薦めかどうか分かりませんが、
とにかく答案は埋めることも教える必要があるかもしれません。
(あくまで得点ばかりにとらわれることでなく、意欲、姿勢、
誠意を見せるという観点で、テストは時間が許す限り空欄を埋めることも
必要だと教育的指導で考えるようになりました)
視覚障害の生徒の場合には特に配慮すべきかもしれません。
色々な過去からの負の体験から解答意欲すら培われていない
場合に似たような行動になることがあるかもしれません。

このような並べかえについて
視覚障害の場合は新たな課題が出てきました。
これは、弱視の程度や全盲であるか否かによって、
学力面によっても変わることかもしれませんが。


1.そもそも漢字が読めない。
「隆」「沙織」が「たかし」「さおり」と読めない場合がある。
「隆」という漢字の形は認識できても、これが「りゅう」や
「たかし」とい読みであったり、またこの漢字の持つ意味など
まで思うことができない場合があります。
これは、教科書の例文や本文をノートに取りなさいという
簡単な作業が成立しないことになります。
音声ソフトを利用してワードで教科書を写すことに困難を
覚えることになります。

2.並べる単語数が多い。
弱視の生徒の場合は、全体を把握することに困難を感じる傾向が
あります。全体を見渡せにくく(認識しにくい)ので、並べかえる語句を
抜かすことがあります。今回のように3語程度では問題がありません。
しかし、5語以上になると、問う構文のレベルでない部分で難易度が
上がっていくようです。(ここを英語力でカバーすることが
必要なのかもしれません。何か不足している単語があるぞと違和感を
感じることも大切なのかもしれません。)

3.「見えること」と「分かること」は同じではない。
1.に関連します。
漢字は見えているが、それをパソコンに入力するときは、
読み方がわからないとローマ字変換で入力することができなくなります。
日本語のように同音異義語が多い場合は視覚障害の生徒にとっては
大変煩わしいものです。
点字だと、1つの音声に点字文字が1対1対応しています。しかし漢字は
「こう」だけでも「高、校、公、行、工など」他にも思いつきますね。
逆に「行」という漢字には「銀行、行事、行脚」では読み方が
違ってきます。
つまり、「行」という文字が認識できても、それでおしまいで、読み方も
意味もわからないままという状態で困っている場合があることに
気付かなかったのです。
この困っている部分に気付き、授業や指導で効果的に支援する
必要がでてきます。

4.字画が多い場合、また似た形の漢字の認識の程度が一人ひとりの
視覚障害の程度によって異なることも分かってきました。
部首の認識も私たちと異なるようです。英単語にしても長い文字数の
単語の認知には健常者以上に困難を感じるようです。
実証している訳ではありませんが、私の経験的には
7文字以上の英単語の習得に時間がかかるのではと思います。
以下のサイトでの研究が参考になります。

徳田 克己「弱視児の漢字読み書き成績を規定する学習者の要因の検討」
教育心理学研究Vol. 35 (1987) No. 2 p. 155-162
日本教育心理学会のHPより検索可能

(秋田県立盲学校の視覚支援ガイドに「読みの指導」「書き方の指導」に参考になることが紹介されています。)
http://www.mou-s.akita-pref.ed.jp/guide/part4.html

(独立行政法人国立支援教育総合研究所「弱視児童生徒の特性を踏まえた書字評価システムの開発的研究」)
http://www.nise.go.jp/cms/8,3740,52,275.html


話が横道にそれてしまった感があります。
今回、ケース1の英語の並べかえの問題は突き詰めていくと
日本語の問題にたどり着いたような気がします。
特に弱視の児童生徒の場合は、漢字の認知がさまざまな学習に
影響があることにも気づきました。
日本の教育では漢字理解習得の問題が避けて通れないのかもしれません。

私は、今後英語の授業で漢字とコラボレーションすることも
なんとか楽しめないかと思案していきたいと思います。
失礼いたします。 

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

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