2013.10.01
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個に応じたICTの活用 センター研修を受講して(2)

福島県立あぶくま養護学校 教諭 渡部 起史

 

(写真) iPad用アプリケーション「Doc Scan HD」

 カメラで撮影した学習プリントを補正処理して取り込み、iPad上で入力します。

   書字困難の児童も、プリント学習に取り組むことができます。

 

 2日目も、興味深い実践発表と講話が続きました。

   午前中は、県内の肢体不自由養護学校のA先生による、「iPadを活用した肢体不自由児の視知覚認知の向上に関する実践報告」をうかがいました。

 

   A先生は指導に入る際に、対象児の実態をICF(国際生活機能分類)の関連図を活用して、丁寧に評価をおこなっていました。国語という学習活動に関しての「環境因子」と「個人因子」を洗い出し、子どもたちが学習に必要な情報を適切に受け取るためにはICT(情報通信技術)を含めどのような支援が必要になるかを詳細に分析しています。まず機器ありきになるのではなく、詳細な評価の結果、子どもたちに合う支援の一つとしてICT機器の可能性を探っていくという過程は、必ず押さえておかなければならないと思いました。

 

   授業は、重度の弱視・難聴を伴う肢体不自由の児童を対象とした国語でした。ポプラ社から出版されている「ぴょーん」という大型絵本を教材に、カエルなどの様々な動物が飛び跳ねる様子を読み聞かせていきます。A先生は児童の見る力の評価に「実践に生かす見え方についてのアセスメント 2009 齋藤 特別支援教育総合研究所」の研究を活用しており、読み聞かせの場面で児童の見え方に様々な特徴があることが徐々に分かりました。評価を踏まえて授業の改善を図り、絵本教材の作成やその活用で、(1) 教室環境や絵本の余白など背景となる部分を黒くすること、(2) キャラクターに縦の動きをつけること、(3) おおよそ30cmの距離で画面を提示することなどで、絵への注視を促せることが分かってきました。

 

   授業の様子を撮影したVTRの中では、児童はiPadを用いて動きをつけて提示されるカエルや猫、バッタなどのキャラクターを見て、嬉しそうに笑顔を見せています。授業が進むにつれて、徐々にキャラクターを見つめる時間も長くなり、読み聞かせや呼びかけに対する反応も良くなっていきます。元々の大型絵本を用いていた時には注視が難しく注意が逸れていた児童に、iPadを使用して視覚的な情報をとらえやすい環境を提供していくことによって、学習への主体的な参加を可能にしたのです。A先生の児童に対する愛情が生み出した渾身の授業に胸が熱くなるとともに、授業への参加を促すためには、児童生徒がいかに必要な情報へ主体的にアクセスできるかが鍵であると感じました。

 

 

   午後は、東京大学先端科学技術研究センター准教授の近藤武夫氏に講話をいただきました。近藤先生は、先端研が主催する「DO-IT Japanプログラム」で、発達障害を持った児童生徒の高等教育への進学と就労移行を支援するため、ICT機器を活用した指導に取り組まれています。講話の最初には、NHKの「ハートネット」という番組を見ながら、プログラムの紹介をしていただきました。(http://doit-japan.org/doit/

 

   「DO-IT Japanプログラム」では、児童生徒が自ら適切な支援を周囲に求め、持てる力を十分に発揮しながら生活していくために、様々な学習プログラムが提供されています。自らの障害についての理解を深めること、テクノロジーの活用を中心とした障害に対する環境調整の方法を知ること、障害と必要な合理的配慮について周囲へ適切に説明する方法(セルフ・アドボカシー)を学ぶことなどを中心に、学習が組織されています。児童生徒が自分の心身の状態を知り、自分にとって必要な支援を知り、自ら支援機器を使いこなし、その必要性と有効性を周囲に説明することができれば、どこに進学・就職しても支援がぶつ切りになることなく、自活の可能性を広げることができます。ただ支援を提供するのではなく、本人のリテラシー(使いこなす力)を高めることに主眼を置いているところが、DO-IT Japanプログラムの秀逸なところであると感じました。

 

   話題の中心となったのは、発達障害児に多いプリントディスアビリティ(紙に印刷された情報に対する認知障害)やディスレクシア(読字・書字障害)への対応でした。プログラムの中での、小・中学生に対する指導の実践例をたくさん紹介していただきました。

   DO-IT Japanに参加する前の児童生徒たちは、学校教育において聴覚などの感覚の異常に苦しむと共に、従来の「読み・書き」の学習で大きくつまずき、自己不全感で一杯になっていました。そこから適切な支援を受け、自分自身で使いこなせるようになっていくことで、徐々に学習を成立させて自信を取り戻していきます。例を3つ挙げてみます。

 

例1)聴覚が過敏で雑音が大きく聞こえてしまい、先生の指示など必要な音が聞こえない

→ノイズキャンセリングヘッドフォンやFM補聴器を使用し、先生の話を的確に聞く

 

例2)読字障害により、教科書のまとまった文章を読むことが難しい

→文字かくし板を使用して一行ずつ読んでいくことや、読み上げソフトを使用することに

より、文の内容を正しく理解する

 

例3)書字障害により、問題の答えが分かっても回答欄に書き込めない・時間がかかる

→紙のプリントを電子端末に取り込んでデータ化し、文章ソフトでキー入力する

 

 実践例の中で児童生徒たちは、「自分たちは分からなかった・できなかったのではなく、分かる・できる方法を知らなかっただけだ」と、冷静に自己を振り返っています。また、DO-IT Japanプログラムで自らを支援する方法を身につけた後は、各々の所属する学校や受験する学校と交渉し、支援機器の持ち込みを認めてもらうことや教師やクラスメートの協力を得ることに成功しています。このような他者との交渉のしかたまで含めて学習していくことで、本当に支援機器を使いこなす力として身に付いていくことになると感じました。

 

   私も早速研修から帰ってiPad用アプリケーション「Doc Scan HD」で既存の算数の学習プリントをデータ化し、入力で回答後、印刷する方法を試してみました。補正に少しコツがいるものの、おおよそどのような印刷物も取り込むことができました。書字のハンデで思うように学習の効率が上がらない生徒には、非常に有効であると感じました。

 

   講話をうかがって、各々の児童生徒が持つ障害状況を訓練的な手法によって克服していこうとすることは、努力に見合った成果が挙がるものなのかどうか、慎重に精査していかなければならないと感じました。特別支援学校の学習も、丁寧な学習の積み重ねで育んでいく部分と共に、環境因子との関係性で判断し既存のテクノロジーを有効活用して乗り越えていく部分がもっと増えてきていいのではないかと感じました。

 

  「本当の平等は、合格ラインを下げることではなく、子どもたちに等しく情報を与え同じ土俵で勝負させること。知的障害があると言われていた高校生が、自らを助ける手だてを持つことで、大学入試にトップ合格するなんて痛快じゃないですか!」

   近藤先生の熱のこもったお言葉が、心にしみるとても有意義な研修でした。

渡部 起史(わたなべ たつし)

福島県立あぶくま養護学校 教諭
東北最大規模の福島県立あぶくま養護学校に勤務し、総務部を担当しています。特別支援学校における学習環境の整備やPTA活動の役割など、様々な話題を提供していきます。

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