2013.08.07
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社会体験研修~にんじん舎編~

福島県立あぶくま養護学校 教諭 渡部 起史

 全国の特別支援学校が、夏季休業に入りました。いつもは子どもたちの歓声が響くあぶくま養護学校の校舎も、長雨の中でひっそりと静まりかえっています。学習記録の整理や評価などで忙しい教師も時折仕事の手を止め、「子どもたちはどんなことをして過ごしているかなあ?」と語らいながら、生徒たちの夏の生活に思いをはせています。

 

  夏季休業期間中、教師は各所で研修と修養に励み、各々のスキルアップを図っています。私は今年度、福島県の経験者研修Ⅱ(在職期間が10年に達した教諭が対象)のカリキュラムを受講し、授業研究や課題研究、外部研修への参加など様々な研修に取り組んでいます。一連の研修の中で「社会体験研修」というものがありますが、それは、地域の企業・法人等において2日間業務の体験研修をさせていただくことで、教師の見聞を広げようというのがねらいです。私は毎年、生徒たちの卒業後の生活をしっかりとイメージできるように、夏季休業中には必ず地域の福祉作業所や福祉サービス事業所を見学・体験するようにしてきました。今年度は社会体験研修の一環として、郡山市の片平に拠点を置く「共働作業所 にんじん舎」で作業所体験をしました。

 

 「共働作業所 にんじん舎」は、郡山市内に3カ所の作業拠点と養鶏場、農場を持ち、農作業や下請け作業を行っている就労継続支援B型の事業所です。利用者は20名ほどの小規模の事業所で、アットホームな雰囲気の中、利用者がお仕事に汗を流しています。利用者の年齢は20代から50代までと幅広く、各年代の方々が力を合わせて作業を進めているところが印象的でした。私が体験した片平作業所は周囲を田んぼや山々に囲まれ、自然が多い素晴らしい環境でした。農園へのアクセスもよく、法人で持っている畑や下請け作業をもらっている大葉の生産農家にもとても近い便利なところでした。

 

 初日は、私を含めたあぶくま養護学校の教員2名で、お菓子の箱折りの作業と大葉のパッキング作業を体験させていただきました。利用者の方々は朝から私たちに気さくに話しかけてくださり、笑顔を向けて緊張をほぐしてくださいました。お菓子の箱は、下箱、ふた、中敷き、仕切りと様々な部品に分かれており、利用者各々の状況に応じて作業を振り分けて取り組んでいらっしゃいました。作業を分担後は、流れ作業で自分の作った部品を他の作業に渡していきます。渡す際は「できました、よろしくお願いします。」と言葉を添えて、励まし合いながら仕事を進めている様子がとても印象に残りました。箱折りは、効率よく折っていくためには折り方の工夫がとても重要になってきますが、利用者さんそれぞれが自分でやりやすい方法を確立しており、その素早さに見ていて惚れ惚れするほどでした。午後の作業は、大葉のパッキング作業でした。スーパーに並ぶ食品を扱う仕事であったので、みな衛生管理に気をつけながらの作業となりました。作業前には手洗い、エプロンや作業帽子などの身支度を徹底し、お互いにチェックし合っていました。農家から送られてくる大葉の量や、菓子メーカーから求められる箱の量によって、日中も作業の内容が入れ替わりますが、その都度利用者は片付け、準備とテキパキと動き、指示を受けずに自ら行動しようとしていました。「極力同じ作業を提供し、役割を自覚して働いていただくことを大切にしています。」という、支援員のお言葉も納得でした。

 

 2日目は小雨の中、作業所の近くにある農園を見学させていただきました。現在の農園はハウスでの栽培活動となっており、大きなハウス内にトマトやナスなどの夏野菜がたわわに実っていました。ハウス内の土は、元の土を10cm表土除去した後、会津地方から質のよい土を運んで入れたものだそうです。当日は、若い男性の支援者と利用者がペアになって、一生懸命収穫に汗を流していました。震災後に放射線の影響を受け、風評被害のため主力商品であった露地物の野菜は販売を自粛せざるを得なかったそうです。その代わり震災の年の夏から、土壌の除染を願ってひまわりを植える活動を始めたそうです。残念ながらひまわりには除染の効果はあまり見られませんでしたが、その種にも放射性物質は含まれていないことが分かったので、種を原料に油を採取する事業も始められたそうです。全国の福祉作業所のネットワークである「きょうされん」から搾油機などの助成を受け、ひまわり油を生産することができたそうです。のびのびと露地物野菜を生産することができなくなったことは残念ですが、支援者や利用者の創意工夫で新しい生産活動がスタートしたことは、作業所の皆さんの底力を感じさせるエピソードでした。

 

 最後に、サービス管理者の堀谷さんからお話しをいただきました。「毎日働いて、人とつながっていくことは、一人一人に保障された権利であるという思いでやっている。就労継続支援B型としてサービスは提供しているが、利用者の中には実態的に生活介護段階の方もたくさんいる。それでも毎日働いて、お給料をいただくことで、少しずつ自分の労働の価値に気づいていく。ただ、食事や入浴などのサービスを受けるだけでは、あまりにも寂しい。そんなに老け込まなくていいのではないかと言いたい。」堀谷さんの力強いお言葉に、自分の身も引き締まる思いがしました。

 

 にんじん舎には、優しい言葉で丁寧に仕事を教えてくださるTさんという50代の利用者の方がいらっしゃいました。休み時間には、大好きな競馬や鉄道の話をし、自分の幼少期から現在までのたくさんの写真を見せてくださいました。その、白黒の写真から始まるたくさんの思い出の数々は、学校を卒業した後の生活がとても長いことを実感させてくれるものでした。Tさんがゆっくりと歩み、大好きな仕事と余暇に囲まれて、自分らしく生活を重ねてきたことを教えてくれました。

 

 障がいを持った方々が、学校で過ごす時間は最高でも12年間です。長いようで短い学校教育の期間ですが、今回の研修では、短い間にあれもこれもと教え込もうとする、自分の拙速さに気づくことができました。もっと長いスパンで当事者の方々を見つめ、様々な立場の人が支援のバトンを繋いでいかなければならないと感じました。そのためには、地域で福祉事業を展開している方々と特別支援学校の教師は、もっと交流し、語り合い、人として深くつながっていかなければならないと考えています。

渡部 起史(わたなべ たつし)

福島県立あぶくま養護学校 教諭
東北最大規模の福島県立あぶくま養護学校に勤務し、総務部を担当しています。特別支援学校における学習環境の整備やPTA活動の役割など、様々な話題を提供していきます。

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