2013.06.10
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急がば回れの「偏食」指導

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士 植竹 安彦

 プールの季節になりました

 今月より始まるプール指導に備えて、毎年行われている消防署の職員の方をお招きしてのAED使用の研修がありました。私自身何年か前に普通救命講習を受けましたが、そのころよりも救命方法の考え方も年々変化しているようです。一度定義付けられたことも、新しい知見を元に改善させていく発想は教育の世界においても大切なことだと思います。


 思い込みや、昔からの慣習ではなく、「なぜそうするのか?」と考えたときに、より正しい根拠に基づいて実践する姿勢をもちたいと思います。

急がば回れの「偏食」指導 

 さて、今回は「偏食」指導についてのお話です。私の勤務校には、手足にまひがあったり、逆に筋緊張が高かったりし、自分一人では食事を摂ることができない児童・生徒がいます。そのような子どもたちに対して給食の時間は摂食指導をしながら食事介助をしています。
 

 先週、自分の担当児童が欠席だったので、いつもと違う学級の児童の食事介助に入りました。このお子さんは、スプーンですくいやすくなっている特別なお皿に食材をのせてあげると、自分でスプーンを操作して食べられるお子さんです。

 まだ、言葉では食べたいものを伝えられない発達の段階ですが、指差しで食べたいものを伝えられます。その日は鮭の味噌焼きがおかずで、大好きな魚はパクパクとよく食べるので、「サラダも食べようね」と野菜を勧めると、手でサラダを押し返し「嫌だ」と伝え、そして、鮭のお皿を指差して、「鮭を食べたい」と伝えてくれました。結局最後までサラダは「食べない、嫌だ」と食べることができませんでした。
 

 給食後、担任の先生とその他に嫌いな食べ物を聞いていくと、白いご飯は食べるけれど、混ぜご飯や、カレーライスでもカレーのルーとご飯が別々になっていれば食べられるが、かかってしまうと食べないなど、いろいろと食べられないものが出てきました。
 

 今回のお子さんを見ると、食べる前から好きなもの嫌いなものを見分けて伝えることができているので、視覚で弁別することができる段階までの認知発達が給食場面からだけでも分かりました。でも、初めて食べる相手とは、まだ身構えるところもありましたので、人との関わり方の広がりにより食べ方も変わるかもしれない段階かもしれません。

 「なぜ」偏食は起こる?を大切に

 いろいろな可能性が考えられますが、「好き嫌い」だけではすまないくらい、食べられるものに偏りを見せる子どもたちもいます。今日は「偏食」指導の考え方についてこの後もう少し述べていきます。

 

 まず、偏食(好き嫌いの段階より、より偏りが著しい状態)になっているのか、その原因や理由を「仮説立て」しながら考えていきたいと思います。その際に、2つの原因があると私は思っています。

(1)「認知発達の段階」

 今回のお子さんのように、マイペースながらも目で見て(視覚情報)、給食のお盆の上の何種類かのお皿から選べる(弁別できる)発達段階まで育っていることが分かります。

 この段階は、ちょっとした「違い」は分かるだけに、「この食べ物は歯触り、舌触りが大嫌い」「見た目が嫌」「この味が好き」「この香りはイヤ」と、よく味わう前に、よく見る前に、こだわりのような固い判断が「偏食」の原因となっていると考えられます。

 

(2)「触覚の過敏さ」による影響

 手や足だけでなく、口の中にも過敏さを示す子どもたちがいます。偏食というと、「味」による違いで、食べる・食べないと考えられることが多いのですが、味の前に「歯触りや舌触り」といった口の中の「触覚」に対して生理的に身構えてしまう状態(触覚過敏や触覚防衛反応とも言う)が出ていることが考えられます。

 また、触覚の過敏さが強くでているお子さんは、触れられることも嫌がることが多いため、人との共感性の育ちにも影響が出ることがあります。「好きな友達がおいしそうに食べているから、僕も食べてみよう」など、新しい経験を人との関係性の中から得るチャンスを逃してしまいがちになります。

 

 予想できる大きな要因としては、以上2つの点が考えられます。このような視点から「偏食」への指導としては、食事指導場面だけで偏食を直そうと指導者が頑張りすぎない心構えが大切だと思っています。2つの要因のどちらかや、両方が当てはまる場合、次のような指導が考えられます。

 焦らず、急がず、じっくりと

(1)「触覚過敏(防衛反応)」の改善に向けた指導をしていく

(2)自分中心に弁別する視覚認知の段階から、相手に応じて視覚弁別する段階(先生や親などが○○ちょうだいと伝え、複数の中から相手の要求に応じて応えられる段階)まで認知発達の段階を高めていく

(3)「一口だけチャレンジ」を試み、味や触感を受け入れる体験を作り、食べられた達成感を高めていく。(温度にも敏感なお子さんがいるので、温め直してから食べるなども大切です)

(4)「空腹時チャレンジ」を試み、お腹がとても減っている時に、食材への広がりを得られるようにしていく。

などの指導を焦らず、じっくりと取り組むことが大切だと思っています。

 

食事のことだから食事の場面だけで解決しようとすると、食べることそのものが嫌いになってしまいかねません。焦らず、急がば回れの心意気で取り組むことが大切ですね。

 

「触覚の過敏さ(触覚防衛反応)」への取り組みは、なぜ起こるのかなど、背景知識も理解した上で指導することが大切ですので、次回以降にまたつれづれと書かせていただきたいと思います。

 

次回もまたよろしくお願いします。 

植竹 安彦(うえたけ やすひこ)

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士
肢体不自由教育からの視点を中心に、子どもたちの発達を支えるために日々できることを一緒に考えていきたいと思います。

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