2013.06.13
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会話に支援を ~コミック会話~

福島県立あぶくま養護学校 教諭 渡部 起史

 

 東北も、梅雨の季節に入ってきました。あぶくま養護学校では小学部の運動会も無事に終わり、教師一同ホッと一息ついたところです。小さな子どもたちが笑顔で練習に打ち込む姿はとてもほほえましく、見ている私たちの心を温かくしてくれました。子どもたちの姿をしっかりと捉え工夫が凝らされた競技の数々はどれも素晴らしく、教師の創意工夫を感じさせるものでした。企画・準備・練習の段階から話し合いを重ね、知恵を出し合った当日までの苦労がうかがえました。学級・学年の教員チームで一丸となり、運動会競技を作り上げていく楽しさも、また特別支援学校で働く上での魅力のひとつです。

 

 さて今回は、生徒へのコミュニケーション支援の話題です。自閉症スペクトラム障がいを持った生徒の会話を、線画を用いて支援する方法の実践例をご紹介させていただきます。

 

 さる3月20日に、私が所属する福島県IEP研究会の主催で、佐賀から自閉症スペクトラム研究家の服巻智子先生をお迎えして「見える会話~Social Stories Comic Strip Conversation~」の講演会を開催しました。講演会の中では、アメリカのキャロル・グレイ氏が開発した「コミック会話」という、自閉症スペクトラムの方々のコミュニケーション支援の方法についての話を伺うことができました。コミック会話の多くの実践例をとおして、会話を視覚化することで自閉症スペクトラム障がいの方々の会話の理解や、系統立てた話し方を助けることができるということが分かりました。

 

 細部に注目しすぎて会話全体の流れを見失ってしまったり、注意の転導性のためあちこちに話題が移ってしまったりするため、自閉症スペクトラムの方々とその話し相手は、音声言語のみの会話に強いストレスを感じることが多いようです。コミック会話の手法を用いて話したことや感じたことを線画で視覚的に残し、話の流れを踏まえながら会話を続けていくことで、コミュニケーションの本来の目的を達成し、お互いがポジティブにやりとりに向かうことができるようになります。

 

 

コミック会話の基本的なルールは、以下のとおりです。

 

(1)線画のみを用いる

 コミック会話では、誰にでも描ける簡単なシンボルを用います。主なもので、線画の人物、言ったことの吹き出し、思ったことの吹き出しの3つです。絵を簡単にするのは2つ理由があり、音声言語による会話のようなテンポのよいやりとりにするためと、自閉症スペクトラムの方々が細部にこだわりすぎてしまうことに配慮するためです。

(2)視覚的に残す

 主に紙と鉛筆のような筆記用具を用いますが、ホワイトボードや黒板のような消しながら使用する用具を用いる場合もあります。その時は、必ず話の流れをデジタルカメラなどで記録を残すようにします。残しておくことで逸れてしまった話しの流れを修正したり、以前の出来事を再学習する際に用いたりすることができます。

(3)色を使う

 自閉症スペクトラムの方々は、会話に用いる言葉や概念に色をつけることで、見えない物事をとらえやすくなる傾向があるそうです。例えば、怒りの感情や言葉を赤で書くなど、本人の色彩感覚と言語感覚を尊重し、使用する色を決めていくようにします。

(4)会話をする相手の隣に座る

 コミック会話の手法で会話支援を行う際は、支援者は基本的に当事者の横に座ります。横にいることで同じ絵を二人で見やすくすることができる上に、正面から向かい合うことで生じる対人的なストレスを軽減することもできます。

 

 ルールを踏まえた上で、自閉症スペクトラムの方が慣れるまでは支援者が描くことを担当します。話を進めながら、「いつ(時間帯の特定)」「どこで(場所の特定)」「誰が」「誰に」「どうした(どう言った)」「その時どう思った」の順番で聞いていきます。絵は単純にし、普段の会話のようにテンポよく描いていきます。この手法は、トラブルが生じた時の状況の聞き出しに用いたくなるのですが、普段から本人が心地よく感じている出来事についてたくさんやりとりして話す習慣がついていないと、悪い出来事の状況やその時の感情を聞き取るのは非常に難しいそうです。コミック会話の習熟には、よい出来事の振り返りに普段から手法を活用していくことが大切なようです。

 

 私も、昨年度担任した学級において、国語の時間にコミック会話を用いた思い出の振り返りと作文の学習を行いました。修学旅行などの出来事に対する生徒たちのよい思い出を聞きながら整理して絵を描き、生徒がその時々の自分の感情を言語化できるまで視覚的にフィードバックしていきました。たくさんの思いを話し、絵を見たり描いたりした後は作文の筆もなめらかに進み、充実した内容の文集にまとめることができました。全く支援がない状態で作文を書かせた場合には、ここまで詳細に、情感豊かには書けなかったのではないかと思います。コミック会話は、手段としてのコミュニケーションの他にも、教科指導の可能性まで広げていくことができる支援方法ではないかと、私自身考えています。

 

 昨年度の本校校内研究の事例発表会では、小学部で「ホワイトボードミーティング」と呼ばれるコミック会話同様の実践例が挙がり、興味深く拝見させていただきました。この事例では、「休日の出来事発表」など経験や情動の共有を中心にしており、私の実践ととても似通ったものでした。このように、学校内でコミュニケーション支援の取り組みがさかんであることを、とても嬉しく思いました。

 

 余談ですが、研修会の服巻先生の話の中では、コミュニケーションアプリLINEの話も出てきました。LINEのトーク機能はまさに時系列に並んだ吹き出しでの会話であり、コミック会話の支援ととてもよく似ています。実際に私も友人との以前の会話を見直すことで確認できることや新たに気づくこともあり、見える形でやりとりが残ることの有効性を感じました。私たちが何気なく使用しているアプリケーションにも様々な活用の可能性を感じることができ、ICT活用への興味はつきることがありません。

渡部 起史(わたなべ たつし)

福島県立あぶくま養護学校 教諭
東北最大規模の福島県立あぶくま養護学校に勤務し、総務部を担当しています。特別支援学校における学習環境の整備やPTA活動の役割など、様々な話題を提供していきます。

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