2013.05.07
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本気の先にあるもの

石川県金沢市立三谷小学校 教諭 泊 和寿

   

 

 本校の伝統『あゆみ』を生かす

 

(1)『あゆみ』

本校の子どもは、毎日、『あゆみ』という日記帳を書いている。

私が子どもの頃には、すでに行われていた、本校伝統の一つである。

毎朝、家で書いてきたものを先生の机の上に出す。

先生は、全員の『あゆみ』を読んでコメントを書き、その日の帰りまでには子どもに返す。

これは、実は、簡単ではない。

小学校の先生には、休み時間は無いも同じだからだ。

休み時間のほとんどは、次の授業の準備や生徒指導的に当てられるのが普通だ。

結果、隙間の時間を使って、毎日提出されるノート類に指導のペンを入れる。

1日で6種類のノートを指導することもある。

それに加えて、本校では、37人の日記をその日のうちに読んでペンを入れ、合わせてその日のうちに返すこともある。

なかなかである。

でも、本校の先生方は、ごく普通に毎日、黙々と、じっくりと、『あゆみ』に向かっている。

『あゆみ』に向かう先生方の眼差しは、時に真剣に、時に笑顔で、時に深く考え込みながらである。

『あゆみ』には、それだけの値打ちがあるのだ。

 

(2)『あゆみ』の価値

 
【子ども編】

『あゆみ』は心と心のキャッチボールである。

子どもたちと心のキャッチボールをしていると、互いの心が伝わってくる。

そして、つながっていくのを感じる。

おうちの人にも伝えたいときは、学級通信に載せる。

子どもの成長を共に見つめ、共に考え、喜んでいきたいと思うからだ。

クラスのみんなに広めたいと思うときは、全員の前で読んで聞かせる。

友達が書いた『あゆみ』を聞いて、共感したり、反省したり、学んだり―。

すると、クラスみんなの心がつながって、なんとも言えない、いい感じになっていくのだ。

子どもは、私が、『あゆみ』をそう使うと知って、みんなに読んで欲しいと言ってくることがある。

子どもは、『あゆみ』の価値を実感しているのだ。 

 
【先生編】

同僚に、こんな発言をしたことがある。

「本校は、『あゆみ』で学級づくりをするんです。」

「本校は、『あゆみ』で生徒指導をするんです。」

「本校は、『あゆみ』で人間を育てるんです。」

そして、発言した自分に驚いた。

自然に、思ったままに話したら、そういう発言になったのだが。

しかし、赴任して一年も経たないのに、なんと生意気そうな発言か!

だけど、驚くことに、本校には「生意気だ!」なんて受け取る先生方は一人もいない。

これは、括目に値する。

本校の先生方は、「そのとおりですよ。」「なるほど!」という目で聞いてくれた。

本校の先生方は、『あゆみ』の価値を実感しているのだ。

『あゆみ』が、子どもたちの育ちに、いかに生きるかをちゃんと知っているのだ。

凄い先生方だと心から思った。

私は、そんな本校の先生方を心から尊敬し、誇りに思っている。

 

(3)『あゆみ』を生かす

5月1日、こんな『あゆみ』を紹介した。

そして、来る5月8日の「ふじだなおとぎ会」へ向けて、これでいいのか?と、子どもたちに問いかけたのだ。

「ふじだなおとぎ会」とは、各学年が、藤の花咲き乱れる藤棚の下で集まり、詩や俳句や物語などの朗読を聞き合う会である。

みんなで、熊蜂がブンブン飛ぶ下で、初夏を感じながら、おとぎの世界を楽しむのだ。

これも、本校の伝統行事になっている。

しかし、我が5年2組の演目は、練習には取り組むのだが、今一つピリッとしていないようだ。

子どもたちが、『あゆみ』でそう書いてくるのだ。

なぜ、ピリッとしないのか。

私の診断は、以下のとおりである。

(1)   本気で伝えたい気持ちが弱い
(2)   本番までの見通しが甘い
(3)   クラスが団結できていない
(4)   聞く人の心を打つ発表のイメージがない

のが原因だと見立てた。

そこで、『あゆみ』の出番である。

私は、いくつかの『あゆみ』を紹介した。

 

【Aさん】

<気持ちを込めて>

6限目に「ふじだなおとぎ会」の練習をしました。

終わってから、先生が言っていたとおり、一人一人の声の大きさはオッケーだけど、場面(風景)がなかなか浮かんできません。

歌も、声はちいさいし、キョロキョロしたりして、

「情けないな。」

と、思いました。

聞き手に気持ちが伝わるように、気持ちを込めて練習します!

 

【Bさん】

<ふじだな練習>

今日、ふじだなの練習をしました。

野の花が終わったときには、いいながれで来たなとおもったけど、世界に一つの花を歌い始めると、とても暗くて、歌声がリコーダーやピアノに打ち消されていたので、もっと元気よく言ったら良いと思ったし、歌詞をしっかり覚えている自信がない人は、ゴールデンウイークを利用して覚えれば完璧になると考えました。

 

(4)本気の先にあるもの

そして、「本気」になって子どもたちに問いかけた。

あと、練習できる日は二日しかない。

このままで、満足のいく発表ができるのかな?!

「5年生になってから、クラス目標に向かって皆で力を合わせ、成長しています!」

と、伝えられるのかな?

と。

 

何事かを成し遂げるには、成し遂げるには「本気」が大切である。

本気の人は、目標が明確である。

目標が明確だと、成功のイメージが鮮明になる。

成功のイメージが鮮明だと、学習活動の全てを生かすことができる。

結果、大成功し、達成感と充実感もたっぷりと味わい、次への目標が生まれてくるのだ。

これは、授業にも言える。

人生には、もちろん言える。

私は、「本気」の行き着く先を、子どもたちに味わわせたいと願っている。

「本気」の味を知らないと、人生で損をすると思っている。

 

(5)「うまくこなす」ことの価値

現在の日本では、やや「うまくこなす」ことに価値が置かれている部分がある。

作業という点では、それでよいかもしれない。

失敗しない、効率よく、問題を起こさない・・・等々。

だが、「うまくこなす」ことばかり心がけていると、人生も「うまくこなす」生き方になってくる。

人生は、「うまくこなす」でいいのだろうか?

私は、そうは思わない。

教師に最も大切なことは、「うまくこなす」ことではない。

「うまくこなす」生き方を教えることではない。

人生の先輩として、「本気」で生きて命輝かせる経験を、ひとつでも多く一緒に経験したい。

そのような経験を重ねた子どもは、豊かな人生をおくる。

 

(6)「本気」の効力

人間、「本気」の楽しさを知ったなら、つまらないことはしたくなくなるものだ。

今、子どもたちに必要なことは、失敗してもいい、効率が悪くてもいい、問題が起こってもいい。

失敗や問題が起きてもいいから、「本気」で取り組んで、乗り越えていく経験を積むことである。

そのような経験をたっぷりと積むと、相当な困難でも笑って乗り越えられる人間になる。

私は、そのような人をたくさん知っている。

「本気」の効力は凄い。

「本気」で生きた経験は、運命を切り開く力となる。

 

(7)「本気」で取り組む感覚を教える

さて、『あゆみ』にもどる。

日記の紹介に加えて、「本気」の行き着いた先の、素晴らしい結果の例も話した。

たぶん、子どもより私の方が、「本気」の行き着く先の素晴らしさを知っている。

だから、「先生」なのだと、ふと思う。

そして、5分間ほど、「本気」の練習を、実際に指導した。

「本気」で取り組む感覚を感じてほしいと願って。

 

(8)子どもを「本気」にさせたいなら、まず自分が「本気」になる

今回の、「ふじだなおとぎ会」は、教師主導の指導は、ほとんど入れていない。

しかし、「自発」と「本気」が生まれるように、心を伝え合うことの大切さと力を合わせることの素晴らしさを感じられるようにと、一日中考えては指導している。

子どもを「本気」にさせるには、担任が本気でなくては。

子どもは自分の鏡である。

自分が曖昧ならば、子どもの成長も曖昧になる。

 

(9)「本気」の見極め

子どもたちは、私の5分間の指導の後、

「この後は自分たちでやります。」

と、言って自分達で練習をしている。

ようやく、「本気」の火が灯ったのだ。

本当に、「本気」の火がついた子どもは、自ら動き出し、そして加速していく。

そして、何かをつかみとっていく。

中途半端な、一時的な「本気」ならば、すぐにテンションが下がる。

そして、自ら動きだし、加速することはない。

 

(10)「本気」を使い込む

「本気」との付き合いは、野球のグローブが手に馴染んでくるのと似ている。

練習や試合を繰り返せば繰り返すほど、ピタッとはまってうまくいく。

「本気」になったことがあればあるほど、うまくいくのだ。

「本気」でも、肩を張らずに緩急自在に行動できるようになる。

この感覚、わかってもらえると嬉しいが・・・。

だから、私は、子どものうちは、「本気」になって自発的に取り組む経験をたっぷりと積めばいいと考えている。

「本気」の練習と試合をたくさんするのだ。

一日に何回、「本気」を出せるか―。

子どものうちなら、どれだけ失敗しても、なんとかなる。

大人になってから、「本気」を初めて使うと・・・。

多くは、「本気」になれない。

そして、自分が「本気」になりそうになると、色んな理由をこじつけて、勝手に自分でブレーキをかけてしまう。

などなど。

私は、「骨は拾うぞ。」ではなく、「骨になりそうになったら、蘇生するから安心して。」の気持ちで、子どもが「本気」で取り組むことを見守っている。

 

(11)子どもたちへのエール

さあ、あと2日間!

勝負だぞ!

大切な、君たち。

信頼する、君たち。

「本気」の先にあるものを、つかみとるのだ!

 

「本気」を楽しんで行こう♪

フレー! フレー! みんな 

泊 和寿(とまり かずひさ)

石川県金沢市立三谷小学校 教諭
私は、子どもたちが目を輝かせて生き生きと学ぶ姿が大好きです。子どもが本気になって学ぶと、グワッと教師を越えていきます。今年も、そんな感動をめざしたいと思います。

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