新年度がスタートして、1ヶ月が経ちました。各学校で先生方は児童生徒との出会いを経て、新しいクラスの教室環境整備に奮闘していることと思います。連休明けに本格的に授業に取り組んでいくために、身も心も態勢を整えていく時期です。
私にとって4月は、頭をフル回転させることができるとても好きな月です。その年度に担当する生徒に合わせて教室環境を整えていく仕事はとても刺激的で、自分の頭の働きを活発にしてくれます。生徒の姿を思い浮かべながら環境を整えたり教材を準備したりしていくと、様々な支援の工夫が浮かんできます。その思いを具体的な形にしていく創造的・行動的な部分が、特別支援教育の醍醐味だと私は感じています。生徒への思いを教材や関わり方にして表現していく、とてもやりがいのある仕事です。
その毎年の教室環境整備の中でも、基本的な手順となる大切な仕事があります。それは、生徒一人一人に合った、学習椅子を準備することです。当たり前のことですが、その当たり前のことを、もっと厳密にできないか、最良・最適に迫れないか、と常に考えて改善しています。
特別支援学校の生徒の多くが学習中の姿勢に問題を抱えていることは、教育現場で実際に子どもに接している先生方には実感できることではないかと思います。生徒の姿勢の乱れには、体のねじれ、倒れ込み、臀部の前すべり、頭下げ、背丸め、ロッキングなどがあり、どの生徒にも必ずといっていいほど見られる現象です。(参考 学童椅子用座具に関する研究開発 友延憲幸ら 2011)
もちろん、障がいを持った生徒の場合には、感覚の特異性や学習態勢の問題が関わってきますので、身体や感覚に関する詳細な評価が必要ですが、器具の改善によって最良に迫れる余地も十分にあります。一般の小学校での教育研究でも、学習椅子や座具の改良による姿勢へのアプローチが見られ、学習椅子への関心の高さがうかがえます。
学習用具などのハードの面で、できるだけ合理的・効率的な環境を提供していくことは、一つ一つの学びに時間がかかる特別支援学校の生徒たちのためには、強くこだわっていきたい部分です。学習椅子などの、学校生活において長く使用する用具の質が、長期的に見て学習の成果に密接に関わっていくことは、想像しやすいことではないかと思います。
私が考える、学習椅子準備の手順は3つあります。
(1)椅子の高さを合わせる
体に合った椅子・机の高さの考え方には、人間工学の知見を活用した有名な計算式が
あります。
【椅子の高さ=下腿高-1cm、机の高さ=椅子の高さ+座高の1/3】
(下腿高=膝裏からかかとまでの長さ)
私は、平成24年の2月に参加した特別支援教育総合研究所のセミナーで、初めてこ
の式に触れ、いままで感覚で合わせてきた椅子の高さ調整に一定の指標があることにホ
ッとした気持ちになりました。もちろん、子どもたちの体格・体型には個人差があり、
一律この式が理想値にあてはまるかというとそうではありませんが、まず基準に合わせ
て、それから子どもたちが使用した具合に合わせて調整していくというサイクルができ
たことは、私にとって幸いなことでした。その後も調べたり、自分の学級で実践を重ね
たりした結果、他にも計算式があること(椅子の高さ=身長×0.25-1など)や、どんな
お子さんでも下腿高から椅子、机と下から順番に合わせていく方法が成功しやすいこと
も分かってきました。
(2)座面や背もたれを合わせる
高さの次は、座面の調整です。一番よく見られる姿勢の崩れは、骨盤が寝て臀部が前
すべりする座り方です。座面は、しっかり骨盤が立ち背筋が伸びるように、座面後方に
骨盤を包む窪みがあり、滑らない素材であるものが望ましいようです。市販の学習椅子
にも窪みは見られますが、深さが十分ではなく滑りやすい素材のものが多いようです。
さらに、体幹機能が弱いお子さんの場合、骨盤をすっぽり包むようなしっかりした支え
が必要なこともあります。このあたりの発想は、肢体不自由養護学校で座位保持椅子や
姿勢保持椅子の管理を学んできたことで、違和感なく理解していくことができた領域で
す。あまり素材の張り付きすぎたゴテゴテした椅子にはできませんが、使い勝手と支援
の度合いのバランスを取ることは、教師のセンスが問われる部分だと思います。背もた
れも、それを頼りにしてかえって姿勢を崩すお子さんが多いので、背中よりも骨盤後方
を支える低いものが好ましいのではないかと考えています。高さを調節できる背もたれ
ができないか、廃棄の学習椅子をもらってきて試したこともあります。
(3)椅子の裏側を合わせる
最後は、直接床と接する椅子の裏側を調整します。椅子のロッキングも感覚的な探求
行動が見られる特別支援学校の生徒によく見られる現象です。十分に感覚欲求を満たす
関わりは大切ですが、教科学習中などは椅子の生み出す刺激が邪魔になってしまうこと
が多いようです。私は、椅子の裏側に家具用のフェルト布や地震対策の衝撃防止シート
などを貼って、椅子が生み出す刺激を消去する方向で調整します。さらに、これらの素
材を貼って高さを足すことで、理想の椅子の高さまで1センチ単位で迫ることができ、
その後の微調整も容易にすることができます。このような調整は、聴覚の過敏を持った
生徒に対しても配慮することにつながり、より刺激をコントロールできる学習環境作り
につながると考えています。
このような調整を経て、生徒が使用するセミオーダーメイドの椅子ができあがります。上の写真の椅子は一つの例です。177cmと高身長な生徒のため、椅子の裏側を5cm以上足してあります。その裏にはさらに音防止の素材、座面にはやせ気味な生徒のおしりの痛みを軽減するため、Qチェアマット(株式会社ゴムQ製)が敷いてあります。生徒も喜んで、この椅子を使ってくれていました。
昨年度は幸いに、これらの私の実践を校内で発表させていただく機会をいただきました。発表を契機に、校内の様々な先生方が、私の所まで学習椅子の話をしに来たり調整用の器具を借りに来たりしてくださいました。先生方とのやりとりをとおしてさらに知見を深ることができたことに感謝すると共に、学校全体の学習環境に対する意識の高まりを嬉しく感じています。
渡部 起史(わたなべ たつし)
福島県立あぶくま養護学校 教諭
東北最大規模の福島県立あぶくま養護学校に勤務し、総務部を担当しています。特別支援学校における学習環境の整備やPTA活動の役割など、様々な話題を提供していきます。
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