2013.05.03
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三つの「軸」から今を捉える‐実態把握のコツ‐

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士 植竹 安彦

一ヶ月が過ぎました 

 新年度が始まり1ヶ月が過ぎましたが、みなさんどのような1ヶ月でしたでしょうか?

 新しい出会いから、少しずつお互いが見えてきて、緊張がほぐれてきた時なのかなと思います。子どもたち一人一人の良さをたくさん見つけ、学校・家庭・地域で力を発揮していってくれるように支援をしていきたいと思います。

 R‐PDCAサイクル

 さて、私の勤務校では、ゴールデンウィーク明けに家庭訪問期間があります。家庭訪問で保護者と一年間の指導の方向性を確認するために、4月末に、児童・生徒の実態表、個別の指導計画(東京では個別指導計画)、教育支援計画を保護者にお渡ししています。
 

 どちらも現在の実態から、今後の計画をお伝えする資料です。よく、「P(plan)→D(do)→C(check)→A(action)」サイクルが大切と言われたりします。個別指導計画や授業計画等はPDCAサイクルの中のPに当たる部分になります。このPlanを作成するに当たり、特別支援教育においては、R(Researchのついた、R‐PDCAサイクルが大切だと思っています。Rは「実態把握」に当たりますが、この実態把握の精度が低いと、いかに壮大な計画を立てても実態に合わず、計画倒れになってしまうからです。

 さて、連休前に校内で2年目の先生へ向けた研修会の講師を行いました。研修課題は「実態把握と評価」だったのですが、2年目の先生と話をしていて、共通して難しいと感じられていたのは、子どもを読み取るポイントがよくわからないという点です。指導をしていくには、何と何の情報が必要なのかという、関係性をつなぎ合わせる力が必要です。

 今回は私が行っている実態把握の方法について、その読み取る視点などを交えながらお伝えしたいと思います。
 

「三つの軸」からの理解

 子どもの状態像を理解していく際に、私は3つの軸から子どもの今を見るように心がけています。その3つとは、(1)「時間軸」(2)「空間軸」(3)「対人関係軸」です。
 

 (1)「時間軸」とは、今ある姿というのは、それぞれの過去、歴史があって今に至っています。その子がどのような教育や療育を受けてきたのか、また、どのような環境で育ってきたのか知ることが大切です。

 過去の個別指導計画やその評価を読むだけではなく、アセスメント記録などももちろん確認します。そして、このような学習の記録だけでなく、保健室等に保管されていることも多いですが、保健記録など、運動発達や成長の記録なども読み込みます。

 例えば、在胎期間が何周で、何グラムで産まれてきたのか、首の座りや座位、ハイハイ、つかまり立ち、独歩が何ヶ月でできるようになったのかなどまで確認します。在胎期間が妊娠37週から41週までの間のお産が「正期産」。37週未満は「早産」、42週過ぎると「過期妊娠/過期産」と呼ばれます。人間の体はお母さんのお腹の中で少しずつ作られていきますので、早産でもその在胎時期により、部位によっては、まだ臓器が完全に出来上がる前に産まれてくる可能性があります。在胎期間を知ることで、担当する子に会う前に、苦手さや困難さを抱えているであろう点を予測でき、支援の方向性を決める手がかりとなることを知っていただけたらと思います。

 次に生育歴を見ていきます。運動発達の経過を見ることで、例えば、ハイハイの期間がとても短く、すぐにつかまり立ちに移行している場合などは、触覚の過敏さから、床に身体を触れるのが嫌で、床を足の指で蹴る学習をあまりせずにつかまり立ちへいってしまっているのではないかなど予想できます。過敏が予測されれば、これも指導の大きな方向性を決める情報となります。

 子どもに合う前であってもこのように、手元にある資料から子どもの状態像を予想できることがたくさんあります。また、ここで予想をすることで、実際に子どもに会った時に、本当はどうなのかという、具体的な観察ができるのです。

 また、生育歴の中で、長期に渡る入院歴などあれば、いかにご家族が苦労して今に至っているのかも見えてきます。そこに兄弟がいれば、兄弟も病院通いに付き合ってきているかもしれません。兄弟もいろいろなことを我慢して育ってきたとも考えられますので、兄弟への心理的配慮や支援も必要な場合もあります。障害の有無に限りませんが、過去から今に至るまでの育ってきた環境を知る「時間軸」の理解が大切です。

 

 (2)「空間軸」とは、その子が示す状態像が、場所による違いがないかどうかを見ていきます。

 例えば、自宅では落ち着いているけれども、学校へ来ると泣いていることが多いとします。まだ母子分離ができていないのか、それとも前回のつれづれ日誌でご紹介したように、聴覚の過敏からその子の嫌な音が学校でするからなのかなど、場所によって行動に変化がある場合、「なぜ」違うのかをつきとめられると、状態像理解の大きな鍵となることがあります。

 

 (3)「対人関係軸」とは、人の違いによりその子が示す行動に違いがあるかどうかです。

 例えば、障害の重いお子さんで、まだ弁別する力まで育っていないように思われる子がいたとします。先生や療育施設の人には反応を示さないのに、お母さんの声だけには穏やかな微笑みを見せていたとすると、確実な力とまで育っていないとしても、声の違いを聞き分ける聴覚弁別の力が育っていると考えられます。弁別する力の育ち具合によって、認識の違いから、その子が本当に満足する知的欲求は大きく変わりますので、このようなちょっとした情報からも、子どもの状態像を読み取ることができます。
 

 このように3つの軸を意識して情報を集めてくるとことで、(1)「時間軸」は入学前の段階であっても就学時の資料からお子さんの実態を予測することができます。(2)「空間軸」(3)「対人関係軸」は保護者に直接質問したり、連絡帳で伺ったりなどが必要ですが、このような予測を踏まえて、実際に会った際に行動観察することで、短時間で深い実態把握に至ると考えています。

 

「なぜ」「どうして」の視点から

 障害があるということは、100人いれば100通りのつまずきの理由があります。そのつまずきが、何に起因してつまずき、そして今に至っているかということを考えることが大切です。

 指導経験の少ない先生と、ベテランの指導に優れた先生との違いは、同じ子どもを見ていても、集めてくる情報量が桁違いに違います。これは積み重ねてきた経験が違いますから致し方ないところです。でも、若い先生であっても、この「なぜ」「どうして」という視点をもって子どもたちを見つめ、その答えを探す努力と本当にその答えであっているのかという検証作業を繰り返すことができれば経験の差は早く埋まると思います。

 そして、この「なぜ」「どうして」という視点こそ、ぜひ普通教育の中でも生かしてもらえたらと思います。「なぜ、今日は元気がないの?」「そっか、朝からお母さに叱られちゃったからなの」「それは、つらかったね」など、教師としては何もしてあげられないかもしれないけれど、一度子どもの辛さや苦しさを受け止めてあげることで、子どもたちは後ろばかり振り返ることから、少し前を向いて進めるようになるのではないかと思います。

 今回は、子どもの今をどのように捉えるかという関係性を3つの軸から見てみました。次回は実際に子どもたちの行動から、どのような視点をもって見つめると実態把握が深まるかをお伝えしたいと思います。

 学校の畑も畝を作り終えました。連休明けにはサツマイモの苗を植える予定です。植物の息吹も躍動を増す季節になりますので、自然の力強さを子どもたちと感じながら5月も頑張っていきたいと思います。

植竹 安彦(うえたけ やすひこ)

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士
肢体不自由教育からの視点を中心に、子どもたちの発達を支えるために日々できることを一緒に考えていきたいと思います。

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