2013.04.16
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音におびえる子どもたち(2)-当事者が語る生き辛さ-

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士 植竹 安彦

出会いの春に 

 いよいよ新年度が始まりましたね。入学式の担当でしたので、新入生が笑顔で体育館から退場するまで緊張した新年度の始まりでした。新しい出会いが多い4月です。子どもたちも緊張が多い中だと思いますので、少しでも不安な気持ちを取り除き、早く楽しい学校生活を送れるようにしていきたいと思います。

 第13期のつれづれ日誌も執筆させていただくことになりました植竹安彦と申します。改めましてよろしくお願いします。特別支援教育の視点を通して、明日の教室が少しでも楽しくなるようにお届けしていきたいと思います。

 理解から始まる実践へ

 さて今回は、前回の「音におびえる子どもたち-聴覚防衛反応の理解と改善-」のつづきです。前回の原稿を書いたすぐ後に、私の所属する研究会で、ご自身が感覚統合障害をおもちの作業療法士の先生が、幼少期(つきつめると生まれた時から)から現在も含めた聴覚防衛反応による「生きづらさを生で語る会」というものがあり聞いてきました。その内容を今回はお届けします。

 私が日々指導している中で出会う子どもたちの中に、聴覚や触覚の防衛反応を示す子がいます。しかし私自身は過敏さがないので、彼らの辛さというのは、予測の範囲でしか分からず指導していました。

 しかし今回、実際にどのように感じるのかを聞き、改めて子どもたちや大人になっても生き辛さをかかえている方の心情を受け止める大切さを実感しました。ぜひ、共有してくださると嬉しいです。

 当事者が語る聴覚防衛反応

 現在、作業療法士として障害のあるお子さんの児童デイサービス施設や療育施設で活躍されている26歳のM先生(女性)の生い立ちです。

【幼少期から小学校】
 生まれてから3ヶ月くらいまでは、よく寝て手のかからないお子さんだったそうです。でも6ヶ月くらいから夜泣きも多く、ちょっとした物音にも反応して泣いていたそうです。

 1歳を過ぎてからも、バスや地下鉄など音がこもって反響する場所に入ると大泣きで、移動すること自体が大変だったそうです。それだけでなく、自宅にいても、風がピューと強く吹き付ける音にも泣いていたそうです。

 この他にも大人には聞こえない、ブラウン管テレビの「ジーパチパチ」という音が聞こえていたそうで、家族団らんのはずの居間も耳障りな音がする場所だったそうです。さらに冷蔵庫は、冷やす際のモーター音だけでなく、常に「ムオーン、ゴー、ウワンウワン」と鳴っている音が聞こえ、いつか爆発でもするのではないかと怖くて仕方がなかったそうです。

 家の中でも辛いので、外の世界や学校生活はさらに大変だったそうです。真夏でもイヤーマフ(耳あて)をつけて少しでも音を遮断するようにして小学校へ通っていたそうです。

 学校では、正に今の季節のように、始業式など体育館で聞くマイクの音は、頭がズキズキするほどの苦痛でしかなかったそうです。辛くて出て行きたくても、集団行動がとれないわがままな子として見なされ、音の辛さに加え、理解してもらえないことがさらに苦しくて仕方がなかったそうです。

 さらに避難訓練のサイレン音は、ヤリで頭を何度もグサグサと刺されているような痛みを感じるような音に感じたそうです。給食でも、お皿が「カチカチ」ぶつかる音、友達が咳こむ音からひどい頭痛や吐き気に襲われ、食べるどころではなく、苦痛の時間でしかなかったそうです。それなのに、「食べるのが遅い」や、やはり「わがままな子」という捉え方を周りから受けてしまいやすく、追い打ちをかけるような苦しさがあったそうです。

 また、音楽の時間でも、ピアノの音は鍵盤を叩く音そのものも聞こえ、2つの音がずれて聞こえるので、音階を捉えるのが難しかったそうです。さらに合奏となると、次々に音が重なり合う感覚がまた辛くて仕方がなかったと語られていました。ちなみに、CDプレーヤーも、CD自体が回転する音も聞こえるそうで、MDが登場した際になんて静かなものが生まれたのだろうと感動したそうです。

 

 このように音に怯える毎日でしたので、「誰も私の辛さを分かってくれない」と、不登校になってしまった時期もあったそうです。

「Being」から得られる自己肯定感 

【中学校から現在】
 そんなMさんにある出来事から転機が訪れます。周りの人もみんな同じように聞こえていると思っていたMさんでしたが、小学校からの友達との会話から、「あれ、私だけだったの?」と気づきます。

 

Mさん「小学校の学芸会うるさかったよね」

友達「そうお? それほどでもなかったけど」

Mさん「えっ、うるさくないの?・・・」

と、次々と自分が感じた辛かった出来事を友達に話すと、

友達「そうだったんだ、辛かったねM」

と、ようやく自分の辛さを共有してくれ、理解してくれる友達を得ました。その後は、ことあるごとに、「ここもうるさいの?」と友達が気づかってくれたりしました。
 

 この、自分を受け入れてくれ、認めてくれた経験から、安心感を得られたことと、「私は私でいいんだ」という感情に変化し、前を向いて生きていけるようになったそうです。

 

 現在、国家試験も突破し、作業療法士として活躍しているM先生ですが、今でも日常生活では大変なことが多いそうです。語っていただいている最中も、部屋の蛍光灯が「パチパチ」なっている音が聞こえると話してくれました。この他、コンビニエンスストアに行くと、若者があまりたむろしないようにとモスキート音を出しているお店も多いらしく、入口が辛いことや、あるデパートでは、入口にネズミよけの高周波音が流れているらしく(私も行ったことのあるお店ですが、私には全く聞こえません)、「ネズミだけでなく私も入れません」と語っていました。

 科学の進歩もあり、LED電球やLEDテレビは驚く嫌な音がしなくなり生活しやすくなったと話されていましたが、今でも地下鉄は、線路と車輪がすり合う音がうるさくて乗れない路線があるそうです。

 でも、好きな歌手のコンサートなどは、ドームコンサートなど音が反響するところでも行けるようになったそうです。「好きなことに熱中していると、苦手なはずの音も大丈夫なことが多いですよ」と語ってくれました。まさに、この、好きなこと、関心のあることに取り組むことが防衛反応を和らげる、前回話しました識別系を使った生活なのだなと思った瞬間でもありました。

 出会いと不安の春に

 気づかないだけで、M先生のように、音に苦しんでいる子や大人の方が全国にたくさんいます。不快な音を全て取り除くことはできませんが、その辛さを理解してあげることでどれだけ救われる気持ちになれるのかということを教えていただきました。

 

大人はすぐに「○○ができないといけない」と「doing」を求めがちですが、「あなたはあなたでいいんだよ」と、存在そのものを認める「Being」してあげることが教育の基本にないといけないということを学ばせてもらった瞬間でもあります。

 

 前回と今回は順番が逆になったほうがよかったかもしれないと思っています。すみません。次回以降に、この防衛反応のメカニズムなどもどこかでお話ししていきたいと思います。 理解できることで、人間関係も深まると思っています。ぜひ引き続きお付き合いください。
 

4月の学校、4月の世の中は、新しい環境、新しい人との出会いに不安なことがいっぱいだと思います。ぜひ、子どもたちや同僚を「Being」してから、一緒に歩んでいっていただければと思います。 

植竹 安彦(うえたけ やすひこ)

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士
肢体不自由教育からの視点を中心に、子どもたちの発達を支えるために日々できることを一緒に考えていきたいと思います。

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