2013.04.02
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音におびえる子どもたち-聴覚防衛反応の理解と改善-

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士 植竹 安彦

出会いと別れ

 3月、4月は別れと出会いの季節ですね。私も、高等部を卒業し、社会へ巣立っていく生徒たちを見送りました。学校生活よりもこれからの人生の方が長い道のりです。これまで培ってきた力を生かして、自分らしさに磨きをかけていってほしいと思います。
 

 今回で私の第12期のつれづれ日誌は最終回になります。お伝えしたいことがうまく文章にならないことばかりでしたが、自分の実践を語ることで、頭の中が整理できた半年間となりました。貴重な機会をいただいたことに感謝しています。

 根拠に基づいた実践(evidence based education)を特別支援教育においても進めていきたい、広げていきたいと思い執筆させていただきましたので、少しでも共感してくださる方がいらしたら嬉しいです。職場に一人読んでくれている人がいて驚きましたが、もし感想を伝えてくださると良いなと思っていますので、いらしたらお声かけくださいね。

 

教え子へ向けて 

 今回は、前回のつれづれ日誌でお話しました、私の教え子の保護者に約束した、「聴覚防衛反応(聴覚過敏)の理解と改善に向けて」をお伝えしたいと思います。

 

聴覚防衛反応(聴覚過敏)とは? 

 まず、聴覚防衛って何?という方が多いと思いますので、簡単にどのような状態像なのかお話します。
 

 聴覚防衛反応の出ている子は、普通の人には何でもない程度に感じる音や声でも、私たちも嫌だなとよく思う、黒板に爪を立てた時に「キキー」という音と同じかそれ以上嫌に特定の音を感じてしまう状態です。その音や声の質は、その子に応じて違いますが、大まかに4種類に分けることができます。
 

(1)破裂音や爆発音(運動会のピストル音、バスやトラックの扉やリフトを動かす際のコンプレッサー音)

(2)高い周波数の音(サイレン、赤ちゃんの鳴き声、ほうきで掃く音、笛吹きのやかんの音、食器がカチカチ鳴る音)

(3)機械音(エアコンのファンの音、公衆トイレのハンドドライヤー、マイクを通した音や声、古いエレベーターのモーター音)

(4)ざわめきや反響音(体育館や室内プールの音、ファミレスや商業施設の中の音、マイクのハウリング音)
 

など、様々な音や声を嫌がる聴覚防衛反応を示す子がいます。大抵の人は気にも止めない程度の音ですが、聴覚防衛のある子にとっては先ほど述べたように、耐え難いほど嫌な音であるだけでなく、音が自律神経系にも影響を及ぼします。気持ちが悪くなったり、嘔吐しそうになったり(してしまったり)する子もいるのです。


 このように聴覚防衛反応を示す子は、苦手とする音から自分を守るため、耳をふさぐだけでなく、コミュニケーション行動として間違った学習を積み重ねてしまいがちです。

 最初は嫌いな音が聞こえると耳をふさいだり、その場から逃げ出そうとしたりします。その次の段階になると、嫌いな音が聞こえてきそうな場所に近づいたり、予想されたりするだけで嫌悪感を示したり、中にはパニックを起こしてしまう子どももいます。

 そのため、「困った子」や「わがままな子」と受け止められてしまい、本人の心はいっそう傷つけられてしまいがちです。

 

 そこで、聴覚防衛反応を和らげていく指導方針としては、短期の対応策と長期で取り組む指導の2本柱で取り組んでいくことが大切です。

(1)「短期の対応策」
 苦手とする音刺激から遠ざけたり、取り除いたりするようにします。情動が崩れてしまうと(泣いてからでは手遅れ)防衛反応は強くでてしまいます。学校内だけでなく、保護者からもどこでどんな音が苦手か聞き取り、「ハンドドライヤーのあるトイレは使わない(近づかない)」や、「耳栓やイヤーマフを使う」などして、生活全般を落ち着いて過ごせる環境を整えましょう。

(2)「長期で取り組む指導」
 大脳皮質を働かせた識別的な脳の使い方を学習し、防衛反応が出にくいように指導します(大脳皮質を使うことで、防衛反応を呼び起こす原始的な脳の働きを抑制することができるからです)。
 具体的には、梱包材のプチプチを手でつぶしたり、袋の中でその子が嫌いではない楽器を鳴らし、何の楽器の音か当てさせたり、小さな音を鳴らして何の音か聞き分けさせたり、意識的に音を聞くような指導が効果的です。
 このように注意を向けていれば、嫌な音の中でも思っていたほど苦手ではない音だったことに気付かせ、記憶の書き換えをしていく作業が有効です。
 それでも嫌な音の場合は、「ギャー」と叫ぶのではなく、「止めてください」など、その子の認識に応じた伝達手段で意思を伝えることを教え、嫌な音も自分の意思で止められるという学習をしていきます。

 
 このように、注意や関心を向けて音を聞く(聴覚を使う)ことにより聴覚防衛反応は改善していきます。その際に、気をつけてほしいこととして、(1)絶対に「怖い」「辛い」思いをさせない。(2)焦らず(大人が)、子どもの受け止め具合に合わせて進める。(3)音を意識して使わせ、「怖くなかった」「私、大丈夫」という経験からの学習を積み上げていってください。

 防衛反応には、聴覚だけでなく、触覚にも表れている子が多くいます。通常の学校に通う児童・生徒の中にもたくさん防衛反応に苦しんでいる子どもたち(大人も)がいることを知っていただけたらと思います。防衛反応については、また13期でお話しできたらと思います。

 

根拠に基づいた教育を目指して 

 聴覚防衛反応は繰り返しても慣れるものではありません。適切な指導があってこそ、改善へ向かうということを、8年前の私は知らず、指導できずに防衛反応に苦しむ子どもたちを卒業させてしまいました。教師が成長しただけ子どもも伸びていく部分が大いにあるのだと、卒業生から教わった一例です。

 半年間、特別支援教育から見たつれづれ日誌を発信させていただきました。特別支援教育で大切にしている視点を、特別支援学校はもちろんですが、通常学校でも生かしていくと大いに教育効果は高まると思っています。少しでもお役に立てていたら幸いです。


 いよいよ、4月は出会いの季節ですね。大人も子どもも不安と期待でいっぱいだと思います。深呼吸して肩の力を抜き、子どもたちと学びを深めていけたらと思います。笑顔で子どもたちを迎えたいと思います。半年間ありがとうございました。 

植竹 安彦(うえたけ やすひこ)

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士
肢体不自由教育からの視点を中心に、子どもたちの発達を支えるために日々できることを一緒に考えていきたいと思います。

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