2013.02.14
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aという文字の発音から考えたこと

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

今頃になって私は、生徒に英単語を習得させることについて
改めて悩んでいます。
読者のみなさんは、無意識のうちに分かるようになられたことかもしれません。


タイトルに書かせていただきましたが、英語の文字と発音に
ルールがありそうで、例外も実は多いことに困っています。
何を今さらとも言われそうですね。
「慣れ」と言われたらそれまでなのですが、
次のような単語のaの部分の発音は
みなさん大丈夫でしょうか。

1.bag 
2.take
3.all
4.any
5.air
6.road

1.bagのaはキャーやギャーと叫ぶときに出すようなアの
仲間です。
2.takeのaはエイで、掛け声でエイッという時に出す
音に近いかもしれません。
3.allのaは、遠くの人に呼び掛けるときの「おーい」の
ような感じのオです。
4.anyのaは、ちょっと驚いた時の「えっ?」というときに
発するエで「えっ!!」という驚きの場合のエほどでは
ありません。この説明で分かりますか。
5.airの場合は、aのところだけ取り出すことは少々無理が
あるようです。
この3文字まとめてエアーと発音し、aはエなのかと判断する
のではないものです。同じようなものはcareのare,wearの
earも同じような発音すると分類されています。
6.roadの場合も,aのところだけどう発音するのかと考えるのでは
なく、oaの部分をオウと発音すると考えられています。

(なおここでの説明はあくまで簡便なもので
音声学的に厳密ではありませんのでご了承ください。)

aという一つの文字を取ってみても、いろいろな発音をしている
ことに気付いていただけたでしょうか。

さあ困ってしまいました。
全盲のS君はaという文字に色々な読み方があるので
混乱してきました。
どの場合にどの読み方なのか文字そのものへの
認識が日本語とは大きく異なるので大変です。
(ひらがなは文字と発音が一対一対応していますが、アルファベットは、一対一対応していないことがあります)

言葉を習得する時の流れはどうなっているのでしょうか。
赤ん坊や子供の場合は、耳から音を聞きます。
その音を周りの状況から意味を推測したり決定します。
この場合は視覚情報が大きな役割を担います。

たとえばcatがどう習得されるのか、
ちょっと想像してみましょう。

catと親が言いながら、ネコの絵を示したり、ネコのぬいぐるみを
指させば、こどもはcatがネコなのだなあと理解します。
それが何度も繰り返されることでcatという音がネコと
繋がっていくでしょう。
そして、4本足で、大きさなど形状、泣き声などで
色々なネコの情報に触れることを通して
ネコという一般的概念も形成されていきます。

色々な種類のネコを認知することを通して、ネコ固有の概念を形成していくのです。
これによって他の4本足の動物イヌやライオンなどと
区別されていくのではないでしょうか。

ということは視覚情報のない場合
言葉の獲得というのは大変な手間や困難や
時間がかかることは想像していただけるでしょうか。
ネコのように実物で触ることができれば良いですが、
ライオンなど獰猛な動物の場合は無理ですよね。
また、ぬいぐるみなどの代用品で触った場合は
触った布地や繊維などの誤った情報をネコだと
結びつける可能性が出てきます。
できるだけ実物を触り、泣き声など耳からの情報等加え
ネコに関連する概念が形成されることが望ましいのです。
ひげや目の形や耳などは
なかなか直接触る(触察する)ことができないでしょう。
直接触れることが出来ない場合は
絵や写真などの(間接的な)視覚情報から得るしかありません。
視覚情報がなくて、事物やその言葉や概念を獲得することは大変難しいことを改めて気付かされます。

視覚情報がない場合は、catという言葉とネコと
いう事物を結びつけることにかなりの工夫が
必要になってくることに気付いていただけるでしょうか。私たちも言葉を教えるときに、その言葉の固有性や特例性などに注目するようにしていきます。

ネコの場合も4本足の動物だけでは、含まれるものが漠然とします。たとえば、「ニャオー」と泣き声で狭められ、ネコと特定することが可能になります。


ネコという言葉を子供の時代から知っていますが
それを文字で書きあらわしたり、文字で書いてあるものが
ネコだと認識するまでには、数年(たとえば小学校入学までの5年間)という年月が必要になります。
つまり文字のない世界で子供たちは過ごしているのです。
たとえ絵本で文字と一緒に親に読み聞かせをしてもらっていても
「ひらがな」が読めているとは限らない場合があります。
「ねこ、ネコ、猫、cat」というひらがなやカタカナ、漢字、
など文字を学習し習得することは非常に後であり、
時間がかかることは私たちが経験していることですね。


英語の授業で、私は、音と文字の関係について
生徒に注意を払うように授業の中でできるだけ意識します。
先ほどの例でいえばmakeを学習した時に
cake, lake, take, shake, sake など
エイと発音することができるaの含まれた単語を紹介することです。


次に英語の発音練習した後に
スペルを想像させる場を作るようにします。
日本語で「作る」はメイクですが
何というスペルでしょうか。
でも、最近このような問いかけで時間をかけることに
疑問を持ってきました。
単語のスペル習得には効果がみられないように感じるからです。
未知の単語のスペルを発音を聞いて、想像させる場合には
わくわく感があり、思ったとおりのスペルで合っていた場合には
成就感が味わえます。
でも、既習の単語については
覚えていないことでの挫折感、失敗感、恥ずかしさが
募るだけのように感じてきました。

上のような問いかけの場を作ることも大事ですが、
私はやはり何度も書くことを求めることが
本当は近道ではないかと思ってきました。


体で腕で指でスペルを体得することが大切だと思います。
何回書くことが良いかは、生徒の実態によって異なります。
10回書くと何とか分かった気になる場合もあれば、
5回程度でも大丈夫な場合もあるでしょう。
単語の長さによっても異なると思われます。

生徒には墨字で練習することはできないので、
パーキンスを使って点字で10回や5回書くことを
宿題にしていきます。
瞬時に単語の意味や綴りが頭に思い浮かぶほどまで
英語に触れる、英語に親しむ時間を捻出することが
必要になります。
なんでこのスペルなのと考えているようではだめなのかもしれません。少なくとも学習の初期段階では。
 

経験知ですが、学習の初期段階で
「楽しい、面白い、わくわくする」イメージと
脳が英語学習で連動するように仕向けることが大切のようです。
「嫌な、面倒くさい、(宿題を)しないと怒られるなどマイナス」のイメージでトラウマにならないように
英語の学習に取り組ませることが必要です。

aという一つの文字の発音に悩みましたが
結局悩む前に、いかに「面白く、楽しく」
書く練習をさりげなくするように生徒に働きかけるか
が大事なのかもしれません。
そのための「しかけ」をどうするかで悩むことが
私たち教師に求められているのかもしれません。結局「慣れ」なのでしょうか。


まだまだ私の瑣末な悩みは続いていきます。


追伸
岡田順子さんの『少しの工夫で効果4倍! 魔法の英語語彙指導アイデア』には、授業で語彙指導を行うユニークで効果が期待でき、生徒が楽しめる実践例が豊富に紹介されています。私は視覚障害生徒用にそして病弱生徒用もアレンジできるものがないか考えてみたいです。

参考:『ワードパル英和辞典』(小学館)

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

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