2013.02.06
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研修費とイノベーション

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士 植竹 安彦

 インフルエンザが流行ってきましたね。私の勤務校には風邪一つでも命に関わる子どもたちがたくさんいますので、年末からさらに花粉症の私はゴールデンウィークまでマスクを外せない時期に突入です。マスクしながら運動するので、酸欠になりそうになりながら頑張っています。

研修費はいくらですか?

 さてみなさん、研修予算はいくらですか?

「えっ、そんなの知らないよ」という回答が多そうですね。いえいえ、所属校や自治体の予算ではなく、みなさんが、ご自身に支払う自分のための年間の研修費用です。お金の話は少し生々しいかもしれませんが、こういったことを決めておくのも、私は大切なことだと考えています。ちなみに私は、年間最低10万円と決めています(これ以上は妻との協議が必要です)。この中には研究会の参加費や年会費の他、書籍代や資格を維持するための年会費も含めていますので、人から見たら少ないねと言われるかもしれませんが、とにかく無理やりでも自分に投資する金額と決めています。

 このように考えるようになったのは、第1回でも書きました、会社員時代の影響が大きくあります。会社員の時に出会った本の中の言葉に、「1円でも給料をもらったらプロ」というものです。プロであるならば、良い仕事を果たす責任があり、そのためには、その道のスキルを高めていく必要があると書いてありました。なるほどなぁ、プロスポーツだけがプロの世界では無いのだなぁと実感したものでした。

 また、企業であれば、先行投資をしていくことで将来の利益が生まれます。儲かってから投資をしようという考えでは、長く営利を営むことはできません。もちろん、公立学校は営利企業ではありません。でも、自分が教え育てた子が将来のこの国を支えることを思うと、国の利益を私たち教師が担っていると考えることができるので、自分へ投資し続けることは大切だと考えています。

 12年間の学校教育がもつ意味

 そしてもう一つ、特別支援教育をしている中で強く思うことがあります。それは、障害がある子どもは、学び直しが難しいということです。

 普通教育であれば、補習塾はたくさんありますし、高等学校を出た後でも、さらに学びたければ、専門学校へ行ったり大学へ進学したりして、自分を高める手段も取れると思います。また、学生の時に英語が苦手だったとしても、社会人になってから語学学校へ行って学び直すことなどもそれほど難しくない世の中だと思います。

 しかし、障害がある子どもたち、特に脳神経に障害を受けている子にとり、1つのことを身に付けるのにも、何ヶ月、何年も努力を続けてやっと成し遂げるということが少なくありません。そして一度身に付けた力が、実は社会の中では不適応とされるものだとしたら、修正することは容易なことではありません。さらに、障害がある子どもたちが、日常生活を高める塾や、特別支援学校を卒業した後に学ぶ場所というものも多くないのが現状です。

 子どもたちは、学校の12年間の教育で得た知識で一生を支えていくのだと思うと、確かに力を伸ばせる授業をしなければと思います。

 授業をする上でPDCA(Plan,Do,Check,Action)サイクルが大切といわれますね。そして、Pの前に実態把握のR(Research)が欠かせないとも言われます。さぁこの実態把握ですが、これこそ、知識なくして行えないものだと思っています。

 知識・関心があって初めて見えてくる

 例えば、車に今まで興味がなかった女性がいたとします。社会人になるにあたり、自動車運転免許を取得し、車を買おうかなとなったとたん、今まで街を歩いていても気にも留めなかったのが、「あの車可愛いわ」「なんていう車かしら」「いくらするの?」「装備はどう?」とか、意識することで気づくことがあります。さらに、調べたり教わったりして知識が増えることで、今まと同じ街の景色なのに、街を歩いているだけでも飛び込んでくる、情報量がまるっきり変わってしまいます。

 これと同じことが学級運営や授業づくりでも言えます。私は会社を辞めた、2日後から肢体不自由養護学校で時間講師を始めました。

 その時、重度重複障害のAさんの担任の先生が教えてくれた言葉に大変驚きました。「植竹さん、まだなんとなくだけど、最近Aさん瞬き(まばたき)で返事できるようになったんだよ。」と言われました。その時の心境は、「えっ、瞬き?そんな細かい動作まで見ているの?」という驚きです。

 さらに「健常の子は、1センチ刻みの定規でも成長を読み取れるかもしれないけど、この子たちは1ミリ刻みで読み取れる定規を我々が持っていなかったら、成長を見逃してしまうんだよ。頑張りを見逃したら、Aさんから、私の先生失格ねって、相手にもされないよ、あははは。」と笑い飛ばされた思い出があります。

 「瞬きでコミュニケーションを取れる子がいる」という知識が入ることで、足の指でもYes,Noを伝える子がいるのかな?など、とわずかなしぐさも何か意味があるのかもと、一生懸命子どもを見つめるようになりました。
 そして、いつも身体を揺らしているBちゃんは、平衡感覚がうまく伝わっておらず、足りない刺激を自分で揺れて覚醒状態を保っていることなども知りました。感覚統合という世界を学ぶことでBちゃんの世界に気づけました。

 子どもが示す行動やしぐさには必ずなにか意味があるのだと、学ぶから・知るから見えてくる子どもの本当の姿がありました。

教育が「共育」へなるために 

 普通教育もそうだと思いますが、特に特別支援教育では、

(1)教師が変わる(伸びる)から子どもが見えてくる。
(2)子どもが見える(実態把握ができる)から授業が良くなる。
(3)授業が良くなるから子どもが変わる(伸びる)。
(4)子どもが変わる(伸びる)から保護者が変わる(より協力的になる。親の自己有能感も高まる)。
(5)子ども、保護者が変わると、同僚が変わる(興味をもつ)。
(6)同僚が変わると学校が変わる(総合的な教育力が高まる)。
(7)学校が変わると地域が変わる(元気のある街になる)。と私は考えています。

 だから、管理職がどうのとか、学校がどうのとか不満を言う前に、自分が変わる、育つことが大切だと思っています。

今の時代だからこそ 

会社員時代に取得した資格の一つに「ファイナンシャルアドバイザー(銀行業務検定協会)」というものがあります。個人の資産運用などを手掛ける資格ですが、そのテキストに面白い内容がありました。

「不況や不景気でどこにも投資する先が無いときは、自分に投資しましょう。自分の価値を高めることが一番確実な投資です。」
というような一文です。相手に頼るより、頼れる自分になるということだと思います。

 創造的破壊

 オーストリアの経済学者にシュンペーターという人がいます。彼によって始めて定義された有名な言葉に「イノベーション」というものがあります。

 既存の価値を破壊して新しい価値を創造していくこと、「創造的破壊」が経済成長の源泉だと述べていました。

 経済だけでなく、個人においても同じことが言えるのかなと思っています。昨日より今日、今日より明日の自分が子どもたちの力を引き出せる自分になれるようにイノベーションできるような2013年にしていきたいと思います。 

植竹 安彦(うえたけ やすひこ)

東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士
肢体不自由教育からの視点を中心に、子どもたちの発達を支えるために日々できることを一緒に考えていきたいと思います。

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