2012.12.04
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「選挙・投票」-視覚障害から考えたこと

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

12月4日の衆院選公示を前に日本は騒々しくなって来ています。
 

古くなりますが、先頃10月28日に富山県では県知事選が行われました。

Aさんは、今年20歳を過ぎたので、初めての投票に行って来たようです。
視覚障害者の立場から投票の感想を聞くことができました。
 

まず、1人で行ったのではなく、家族の方と一緒に投票会場に行ったそうです。会場内では係りの方の誘導があったそうです。視覚障害者はガイドが必要になりますが、自立歩行が難しい場合は、身内の誰かが引率をすることになります。
 

さて、投票会場では、幾つかのチェックポイントがあり、それぞれチェックされたことを教えてくれました。
会場に行ったら直ぐに投票用紙が渡されると予想していたそうです。そうではなく、まず投票者名が印刷された「はがき」を係りの人に見せて、台帳でチェックを受けたことをいっているようです。次に別の方のところへ行って、投票用紙を受け取ることができたようです。それからその投票用紙にはA君が直接書き込むことが1人でできないのと、記入するところまで1人でいけないので、選挙の担当者の誰かが彼をガイドしてくれたことを話してくれました。A君は別室に誘導されたようです。
投票方法を係りの方に尋ねられたそうですが、A君は、口頭で係りの方に筆述してもらうことで投票に代える方法を選んだそうです。
守秘義務が厳密に守られるのか、少し不安になりました。
会場には地区の青年団の団長が座っておられて、市役所以外に身近な知り合いの方が立会人の立場でおられる場合もあることも知って意外に感じ驚いたようです。
A君にとっては、初めての体験でしたが色々と新鮮な驚きの連続であったようです。投票に行って良かったと言ってくれました。

中学生の時に選挙管理委員の仕事をしたのを思い出しました。30年以上前は世の中が、何というか大変おおらかだったのでしょうか。
当時の町役場へ行って、本物の投票箱を借りてきたことを覚えています(不確かですが、自分たちで役場に電話をしてお願いしていたような記憶が蘇ってきました)。
また、今は状況がどうであるのか分かりませんが、生徒会の選挙で、信任投票という形は少なかったと思います。信任投票にならないように対抗馬が複数は出るように先生方も裏工作をされていたのかもしれません。
実際の投票箱を使い生徒会長選挙を実施することができたのは、中学生にとって本物に触れるよい機会となりました。
社会科では普通選挙法や被選挙権の獲得に向けての歴史的経緯等を学んでいました。投票に行かず棄権するのではなく、投票することはごく自然で当たり前だという意識が根付いたのかもしれません。

国政選挙だけでなく、県・市・町などの地方選挙も含めて今まで一度も棄権することなく全ての投票に足を運んでいます。というか習慣になっています。最近では投票日当時に都合が悪い場合の「期日前投票」も、以前と比べると比較的弾力的に利用できるようになってきたので、大変有権者にとっては便利になったと感じています。ですから棄権(これも意思表示の一つだと主張される方もおられますが)はできるだけ避けるようにすべきではないかと個人的には思っています。

視覚障害の高等部の生徒に授業の余談として参政権や一票の意義や、投票する必要性について正味5~10分程度ですが、触れるようにしました。難しいことではありません。投票できる年齢になったら、必ず投票場に足を運んで自分の1票を行使することをまずは心がけるようにということについてハナします。そしてこの1票という選挙権、投票権を得るためにに日本の選挙制度史上、多くの方々の命が失われ、血が流されてきたことも理解してほしいと話すように心がけています。現在では、日本国民なら誰でも、20歳になると得ることができる選挙権ですが、かつてはごく一部の人にしかその権利がありませんでした。財産や性別などで差別されることなく、みんなが投票できるようになるまでには、大変な努力と長い歴史があったことを少しでも理解してもらいたいと考えています。(参考:「普通選挙になるまで」URL略)

さて、視覚障害者の方々にとって、現在の投票はどうなっているのでしょうか。何が問題・課題となっているのでしょうか。アクセスビリティについてはどうでしょうか。視覚障害者に限定するのではなく、障害者一般に関係することもあるかと思います。

Aさんの場合を振り返ってみます。
1)まず、投票者が投票場まで行くこと自体に困難があるのではないでしょうか。現在では同行援護という概念が始まりました。
2)鉛筆でなく、点字での記載が可能なようなパーキンスなどの準備が、視覚障害者が在住している投票会場に用意されるか。
3)投票以前に、だれが立候補しているのか、選挙公報が視覚障害者に適切な対応できているのか。

視覚障害者の場合は、今回の国政選挙でも言えるですが、誰が、どのような立場公約をしている人が立候補しているのか、情報を適切に把握することが必要になってきます。日頃からテレビやラジオのニュースで親しんでおれば良いのではと考えられるでしょうが、マスコミ報道はあるフィルターを通して報道している場合もあり、透明性については若干疑いをもって受け止めることも知っておく必要があります。

私は、青眼および健常者の立場からしか選挙を今まで見ることをしてきませんでした。でもAさんから新たな視点で見ることを教わったような気がします。選挙には投票率、1票の格差問題、選挙区制問題など様々な課題が山積していますね。
さあ、Aさんは今年2回目の投票をどのような気持ちで臨むことになるのでしょうか。20歳を過ぎて2回も投票ができるなんて運(?)が良かったのでしょうか。

今回視覚障害者からの選挙について考えることを通して、日本では選挙権に関して、歴史的には、自由・公正な選挙の実現のために以下の5つの原則が採用されてきていることも分かりました。
(1)普通選挙〔納税額や財産、性別などを選挙権の要件としない選挙(憲法15条3項、44条)〕、(2)平等選挙(一人一票でその価値を平等とする選挙)、(3)自由選挙(投票するか否かは自由で、棄権しても制裁を受けない選挙)、(4)秘密選挙〔誰に投票したかを秘密にする選挙(15条4項)〕、 (5)直接選挙〔選挙人が公務員を直接選ぶ選挙(93条2項など)〕である。
これらは選挙制度の諸原則であるが、選挙権保障の上でも重要である。例えば、障害者と選挙権という見地から言えば、障害故に実質的に投票の機会が奪われ、 選挙権の行使が妨げられていれば、普通選挙の原則に抵触する。点字投票が少数であるが故にその秘密が害されれば、それは秘密選挙の原則に触れることになるのです。(参考:2000 村田拓司「視覚障害者等と参政権 選挙権を中心に」URL略)
また、今回紙面を割くことはしませんでしたが、電子投票システムの導入の検討の余地について議論もあるようです。最近の「なりすまし事件」などIT犯罪でも注目されていますが、セキュリティ問題の解決も求められますでしょうか。
2003 村田拓司他 「選挙における視覚障害者のアクセシビリティ ―電子投票システムを中心に―」

まずは一票を投じることから始めることから変わればいいのではないでしょうか。


失礼いたします。

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

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