2012.11.15
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STTって何?

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

  さて、いきなりですが3択クイズです。タイトルにある3つの英文字は何の意味でしょうか。

  1. 日産 エクストレイルの車種名
  2. ある会社名
  3. あるスポーツ名

   答えは、3.です。Sound Table Tennisの頭文字です。「サウンド テーブル テニス」とは、視覚障害者が楽しめる卓球のことです。鉛の玉の入った40ミリの卓球のボールをラバーの張っていないラケットで音だけを頼りに打ち合う競技です。(注1)

   馴染みのない方には、具体的にこのスポーツについては、私の紹介だけでなく、インターネットの検索で[youtube サウンドテーブルテニス]等を入力することで、映像などで見ていただくこともお勧めいたします。2010年の「ゆめ半島千葉大会」を始め多くの動画で実際の様子を知ることができるます。また次のサイトで、このスポーツについて簡単な紹介があります。
(参考:「視覚障害者が楽しむ卓球 STT(Sound Table Tennis)」http://www.toyama-ssk.com/stt.htm

   私は、5年前に初めてこの卓球に出会いました。

   当時高等部3年の生徒と体育の授業で、対戦相手を頼まれた時でした。生徒は弱視でしたが、アイマスクを付けて私と対戦することになりました。私はアイマスクをしませんでした。正直、楽
勝だと高をくくっておりました。しかし、結果は燦々たる状態で、ぼろ負けでした。たしか1ゲーム11点中3点も取れず、完敗だったという苦い思い出だけがしっかり残っています。勝ちにいったはずだったのですが。


   生徒はアイマスクを着用ですが、私は見えているので絶対に有利だろうと素人の浅はかな考えでした。実際は全く想像したものとは違っていました。未だにその時の試合が鮮明に印象に残っているのです。

   その理由は、
   1. アイマスクをした生徒は私の打ち返した球を、ボールの転がる音だけで位置やスピードを聞き取り、打ち返すことができほどの高いレベルの生徒だったのです。私はそうとは全く知らず、
相手を侮って生徒の隙をついて、左右ぎりぎりのところを変に狙うとしたため、逆に卓球台から逸れてしまい、相手にポイントを献上することになってしまいました。生徒に素直に打ち返すことだけに専念すれば良かったのですが。
   2. 私の打った球を打ち返す生徒のスピードが、予想以上に速く、私のところへ戻ってきた球を返すこと(「リターン」と言います)が出来ずに、これまた生徒にポイントを与えることが続いてしまいました。私自身が卓球のスピードに全く目が付いて行かなかったのです。
   3. また、サーブをするとき(「サービス」と言います)に、通常の卓球と異なりネットの下を球を転がすように打たなければならないのですが、タッチネットとなり、またポイントが相手選手側に行くことが続きました。(そうでした。普通の卓球と違いネットの下をボールを転がして相手コートに入れるのです。ネットの上をバウンドさせて行うのではありません。是非動画などをご覧ください。)
   4. 1から3のようなことが重なり、試合前の余裕であった状態から一転して焦りが募り、もう頭が真っ白な状態で、後はリターンされて転がってきた球に、私はラケットを出して当てることで精一杯のまま、精神的に動揺し集中力も欠き、相手のペースにはまり無惨な負けとなりました。時間の経過が思いのほか速かったことを覚えています。

   対戦した生徒から教わったことがあります。まず基本に忠実になり、相手に素直にリターンすることが大事だ。相手の取りにくいところを狙ったりしても逆に墓穴を掘ることが多く、自分の方にミスを招くことが多くなる。アイマスクを使用しているからとあなどってはならないこと。変に勝ちを意識しないこと。
タッチネットにならないように、サーブは慎重に、跳ねないように転がすように打つこと。まず相手コートに入れないと話にならないのです。
  「しめた。チャンスだ」と思っても、そこでスマッシュなどの強いサーブを打たず、落ち着いて、相手のミスを待つくらいののんびりした気持ちで冷静にリターンする。また相手が速く球を返してきても、そのスピードに身体と目が付いていけるように慣れることが大切です。
ラケットの持ち方と打ち返したときの音でホールディングなどの反則を取られないようにすることも大事でした。細かく言うと60度の角度より小さい角度でラケットを傾けて、リターンすると反則に取られることがあります。
   5年前の記憶ですが、生まれて初めての体験というのは、ほろ苦い体験も重なり、私にはとても意味のある鮮明な記憶として頭と体に染みこんでいます。

   観客(応援)として1つ忘れてはいけないことがあります。他の種目と大きく異なることでもあります。それは、サウンドテーブルテニスは、音が頼りのスポーツですから、応援する時に「やったー」「○○さんがんばれー」などは一切声に出して言ってはいけないのです。静かに声は上げずに、心の中でだけ声援と拍手を送らなければならないのです。一打ごとに漏れ聞こえるため息と息を殺したような歓声って想像できますでしょうか。球の音が選手に聞こえることを保障しなければならないのです。審判が「セーフ、アウト」や得点を読み上げる声以外は、選手がサーブをするときの「行きます」と受け手の「はい」の声が聞こえるだけです。静寂でピーンと張りつめた不思議な競技場の空間が生まれます。

   この原稿が読まれる頃には、本校を会場に北信越盲学校卓球大会が開催されています(11月15日から16日)。石川、新潟、長野の盲学校と本校の選手達が、静かでしかし熱い闘いをコートの上で繰り広げていることでしょうか。

   スポーツの秋、石川遼選手2年ぶりのV、W杯フットサル日本8強に残らず。ワッキーさんサハラ砂漠マラソン完走、浅田真央GP中国杯V、巨人5冠等、悲喜こもごものニュースが色々と入ってきております。みなさんはどんな競技に関心を持たれているでしょうか。失礼します。

 追伸:卓球台の構造上の紹介は割愛させていただきました。ご了承ください。
 

   注1:障害者sports 香川県のサイト(URL略)より

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

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