2012.09.12
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「電源周波数が変わる?-夏の思い出」

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

2学期が始まりましたね。

授業では夏の思い出を紹介してもらうことにしました。

今日はALTのA先生との授業です。
(私は、一応英語を担当しております)


What did you do during the summer vacation?
(夏休み何かしましたか)

S君に「夏休み中の思い出はどうでしたか」と
A先生が尋ねられました。

S君はI went to Matsumoto.(「松本へ行った」)と答えました。

How did you go ?(「どうやって行ったの?」)

I went by JR train.(「JRで」)

S-kun, do you know 18 青春 ticket?(「青春18きっぷ知っていますかS君」)

Yes, I do. I used it.(「はい、それを使いました」)


上のような簡単な英語でのやり取りで授業が始まりました。

S君は車内や駅構内のアナウンスを良く覚えていました。
私達とは旅行を楽しむ観点が少し異なるようです。

車内ではこんなアナウンスがあったんだよと話してくれました。
「赤い線の内側を越えて立たないでください」
というアナウンスがあったようです。

前回の色の話を思い出していただけるとありがたいのですが、
会話の中で、このように色彩語が自然に使われることは大事です。

S君は、このアナウンスに興味を持ったようです。
どうしてこのアナウンスがされたのか
先天全盲ですが分かっていました。
(車内で、その赤い線を越えて立っていると、電車のドアが
閉まらないようになっているを理解していました。また
そのドアの開閉の仕方も理解していました。)

たぶん、一緒に付き添われたお祖母さんが、その都度
説明されていたからかもしれません。
(または、鉄道関係に詳しい本校の職員が教えていたのかも
しれません。)


S君によると同じようなドアは高山線の車両にもあるそうです。
A先生にも私にも豆知識になりました。
スライド式でなく折りたたみ式のドアで、
それも内側に折りたたむ様式になっていたそうです。
列車のドアといっても何種類かあることに、S君との会話から気づかされました。

何種類かのドアがあることに、私は注意を払ってもいませんでした。

私は想像してみました。
S君は列車に乗って、ドアの種類に関心が向いたのは、ドアの開閉時に聞こえる「音」が
ドアの種類によって違うことに気づいたからではないでしょうか。

(S君にとって必要な情報や興味関心と、私やA先生にとっての必要な情報の
違いがあること、必要度が人によって異なることもを再確認しました。)

大糸線で、車内にある赤い線を越えて立っていると、
センサーか何かで安全上のため
ドアが閉まらないようになっているそうです。
さらに立っている人がいれば、警報音か何かそれらしき音で
知らせてくれるようになっているようです。
高山線ではこのようなアナウンスがないのに、
大糸線ではきちんとアナウンスしてくれるので
とても大糸線の車掌さんは親切であると、S君は話してくれました。

(S君の中では大糸線と高山線の違いをドアの開閉時のアナウンスがあるかないかで
インプットしたかもしれません。)

A先生も私も、JRを利用しても、日頃ほとんどアナウンスに耳を傾けていません。
S君にとっては、耳から入る音や声は、とても大事な情報源になっているのです。
いや、これしかないとも言えるのでしょう。
だから、アナウンスの言葉にとても印象づけられ、
時には、一言一言覚えていることができるのかもしれません。

私達が、電車に乗っている場合を想定してみました。
車内の窓から、外の景色を眺めたりすることもあるでしょう。
都会の通勤電車の中であれば、中つりの広告を読んで、
その文面に関して、頭の中で考えるかもしれません。
また、読書をしたりオーディオを使って音楽などを聴くことをするかもしれません。

S君の場合はどうかというと、様々な「音」が耳に入ってきます。
そして、様々な「音」に集中できるようです。
ですから、電車が線路と線路を「ガタンガタン」という音、
電車がトンネルに出入るするときの衝撃の音や、トンネル内で反響する音、
連結器がぶつかりあう音、列車と列車をつなぐドアの開閉の音など
あらゆる音を吸収していきます。その音の違いを聴き較べ、さらにどうして違った音になるのか
その理由や現象が起きることに興味が尽きません。


さて、私もA先生も勉強になったことがありました。

それは「電源周波数が変わること」です。

電車に詳しい方でなくても、ご存じの方が多いかもしれません。
北陸線の糸魚川~梶屋敷間(北陸線では、敦賀~南今庄間にもう1箇所)で
電源周波数が60Hzから50Hzに変わるところがあります。
そのときに、車内では照明がおちたり、駆動しているモーターが止まります。
S君は、今回の旅行で、「周波数が変わるところがあったよ」と話してくれました。

実は、松本へ向かう前に、トンネル内にある駅の筒石駅まで足を運んだそうです。
(A先生は、トンネル内駅での音がどう聞こえるを知るために、筒石駅へ
行き、途中下車したほどマニアであることに少々笑みを浮かべておられました。)

さて、S君は列車の走行途中で、電源周波数が変わるところが分かったことを
話してくれました。
S君は、モーター音が聞こえなくなった(現象)を、耳からの情報として
とらえ、その現象の(原因)が、電源周波数というものと関係しており、その周波数が
日本では、東日本と西日本で異なっているという(事実)と、どうして、東日本と
西日本で異なる電源周波数を使うことになったのかという(歴史的経緯)ついても
理解できていました。

ちょっと英語から離れてしまいましたが、S君の知識が耳からの情報を核にして、
放射線状風に広がっていることを嬉しく思いました。
個人的には、S君の日本語で話してくれたことを、適宜取捨選択してA先生に
英語で説明しなければならず、悪戦苦闘している
私の姿を想像していただけますでしょうか。

たとえば「電源が落ちても、列車は慣性で走っているのだよ」

私は「慣性」という言葉をS君から聞き、
英語で何というのか、その場では思いつきませんでした。
(後で調べinertia、ちなみに慣性の法則はthe law of inertiaだそうです)
単語が思いつかなくても、別の説明風にお茶を濁すことで誤魔化していましたが。

他にも、南小谷駅で
JR西日本とJR東日本と会社が区間で異なることや、それが理由か分かりませんが、
使用されている電車の形式や種類が異なることを理解していました。
(北から南小谷駅まではJR西日本で、南小谷から南方面はJR東日本の管轄)
(南小谷までは、ディーゼルなのに、南小谷駅からは電化された列車が使われている。)

私とALTの先生は職員室へ戻る廊下で、
S君は思い出に満ちた夏休みを「音で」過ごすことができたこと、
「音」に関連して、環境や現象を理解するための知識が専門的で豊富で適切であること、
そして私達と異なった視点の世界で生きていることが理解できたこと等を
共有でき感心したと話しました。


私は、S君が音を情報源として、様々なことを理解していること。
同時に、「音」を情報源にして、周りの環境把握をし、
科学的な現象を分かろうとしている知識欲の高さ、意欲に関心しました。
S君の意欲に対して、S君が理解できるように、適切な説明をすることは
なかなか容易ではありません。


学校でも平素の授業を始め、様々な学校教育活動の色々な場面で適切に、
生徒一人ひとりの障害特性に向き合って、
生徒の成長と進捗のために、粘り強く丁寧に時間を傾ける必要性を再認識しました。


今回に限りませんが、S君が疑問に思ったことに、じっくりと向き合い、
その質問の答えをS君の理解レベルに応じて、
かみ砕いて説明できるかは、教師側または家庭であればご家族に
委ねられている現状があります。

悲しいかな、生徒の健全で好ましい成長とその支援のために、学校現場から「ゆとり」という言葉が
絶滅危惧種的単語(死語)となっているような気がします。

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

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