2012.06.20
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swing your arms (腕をふってごらん)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

運動会または陸上競技などで、「腕を振れば走れるよ」
と言われたことはありませんか。
または
「速く走るには大きく腕を振って走れば良いぞ」などです。
逆に、これに似た言葉を使って、生徒に
走るときに助言されたりしたことはありませんか。


今日扱った教科書の一部です。

今から遡ること80年以上も前に
人見絹江という女性がいました。
オリンピックに
出場し銀メダルを獲得した
女性の短距離ランナーです。
彼女が、当時のコーチから言われた
言葉をレース中に思い出したという
シーンです。

先日も日本陸上選手権が行われ
数々の激闘が繰り広げられました。
今夏のロンドンオリンピックへの切符も
決まりました。
個人的には元気さんのやり投げに期待しています。


私は、丁度いいタイミングでまさに相応しい
これはうってつけの題材だと
生徒の反応を楽しみにして授業に望みました。

Aさんに
このように
「腕を振って走りなさい」と
体育の授業などで言われたことは
あるよね。と「はい」という返事を期待して尋ねました。

しかし、返ってきた返事は、「一度もない。」でした。
私は、授業の流れの腰を折られるような戸惑いを
感じました。

同時に「はっと」したのです。

視覚の障害特性のため
小学校から全力で走るという体験が
なかったのではないでしょうか。
いや安全性の確保のため
全速力で走ったり、苦しくてもう走れないほどまで
走ることを経験することがなかったのでしょうか。

Aさんに走ることに関する助言が用いられる機会は
なかったようです。
また、この言葉を耳にする機会もないまま現在に至ったよう
です。

視覚に限らないのですが、障害特性のため
無理をすることを避ける生活を本人が意識することなく
知らず知らず送ってきていることがあります。
一般的にも、教師に限らず保護者の方も
自分の子供可愛さに
転ばぬ先の杖的に、何でも先回りしすぎる傾向も
指摘されたりしています。
無理をさせる体験、失敗をする体験が少ない場合が
あります。

今回の「走ること」に限ってみると
幼いころ、学童期に、擦り傷や少々の怪我をすることを
含めて「ガッー」と走ることの体験はあっても
いいのではないでしょうか。

ただ、本人には、走っても何かにぶつかるのではないかという
恐怖心を取り除いてあげることや安全性の確保などは、
当然求められるものです。

他にも想定される危険性や事故には
十分な配慮が必要であることは言うまでもありません。

もしかすると、学校側が、適切で十分な配慮をするための
人的な余裕がなかったり、
対応するノウハウを持ち合わせがなかったため、
「走る」ようなことを避けていたのかもしれません。

このようなことが全国で似たように起きていれば、
その生徒児童の成長にとっては、残念と言わざるをえません。

このような点に関しては、本校のような(視覚総合)支援学校は、
専門性を持った経験豊かな教師が多くおられます(残念ながら私を除く)。

長い歴史に裏打ちされた豊富な授業技術や教材・教具も
ある程度整っております。
また、センター機能も整いつつあります。県内外の特別支援
学級に従事されている先生方や授業等で色々とお困りの方々に
是非利用されること願っています。(ただし視覚に関してに限ります)


ヴィゴツキーと言う方が「発達の最近接領域」という考え方を提唱されました。


「子どもが新しいことにチャレンジする際に、
自分一人の力だけでそれを達成できるときと、
大人がほんのちょっと手助けをしてあげることで
達成することができることがあります。

その2つの水準のズレをヴィゴツキーは
発達の最近接領域と呼びました。
ごくごく簡単に言ってしまうと、その人が持っている
成長可能性とでも言えましょうか。

発達の最近接領域の幅、つまり自力でできることと
手助けによってできるようになることのズレは個人差があります。
例えば9歳の子どもが二人いたとします。
一人は手助けによって12歳のレベルまで達することができますが、
もう一人は10歳のレベルが限度である、というようなことです。」
http://www8.plala.or.jp/psychology/topic/proximal.htm


今、これを書きながら、
私は、日々の教育活動や「支援」の中に、
「発達の最近接領域」という視点も大切なのではないかと考えています。

英語の授業の一こまで、Aさんから
「目からうろこ」を頂くことができました。

(人見絹江さんと、彼女に助言したコーチに個人的に興味が湧いてきました。)

参考:ENGLISH NOW Ⅰ(開隆堂)pp63-65


  追伸

前号で富山に触れました。
みなさん。「秘密の県民SHOW」が6月14日放送されました。21日にも連続転勤ドラマで富山パート2が紹介されます。是非どうぞ。 

 

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

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