2009.03.05
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特別支援教育とICT

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

私たちは、日常的に周囲の人や環境から情報をもらって、その情報を整理しながら今の状況を判断して行動します。コミュニケーションとは、「安定を求めるための情報の取捨選択」と言い換えることができそうです。過不足なく情報を取捨選択できているときには、私たちは落ち着いて安心できる状況にいます。ところが、得られる情報が少なすぎたり、偏っていたり、迷うほどにたくさん与えられたりすると、不安のためにイライラしますし、対人関係もギクシャクしだします。

この当たり前の事実を、私たち教育関係者は頻繁に見落としているように思います。「あの子はわかろうとしない」、「あの子にはどんなに言っても伝わらない、どうしようもない」、「この子は常に落ち着きがない」・・・。これらは、情報の受け手である子どもたちの不安が理解されていないときの大人の言い方です。「ちゃんと言ったはず」、「これだけ言えばわかるはず」というのは、大人の側の勝手すぎる思い込み。「自分の気持ちは相手に理解される価値がある」と信じつつ、それと同時に「自分が考えている通りに受け手に伝わっているとは限らない」と気に留めておくことがコミュニケーションの基本だと思います。

コミュニケーションは、音声言語だけで行われているわけではありません。視線、表情、姿勢、息遣い、身振り手振り、互いの距離、音量や抑揚などの非言語的な情報が、伝えようとする内容以上のメッセージを相手に運んでいます。だとすれば、言語の指導だけではコミュニケーションが豊かになるとは考えにくい・・・。むしろ、苦手なコミュニケーションの形態を補うための一工夫こそが、伝えたいという意欲を支えるのではないか・・・。そんな思いから、特別支援教育ではAAC(Augmentative and Alternative Communication:補助代替コミュニケーション)の指導の重要性が論じられてきました。

絵記号などのシンボル(手話や点字などもシンボルの一つだと思います)や、PECSなどのカード交換方式といったローテクのコミュニケーション手段から、VOCA(Voice Output Communication Aid:音声の出るおもちゃのようなもの)と呼ばれるハイテクのコミュニケーション・エイドなどの活用まで、その内容は実に多岐にわたります。それだけ、子どもたちの実態が幅広いということだと思います。

そして、近年、ICT(情報コミュニケーション技術)を活用したAACは、重度の障害児のコミュニケーション手段の獲得を支援し始めています。意思を伝達する装置の中には、脳波や脳血流で操作する装置まで開発され、活用されています(詳しくは、「特別支援教育におけるコミュニケーション支援」編集委員会編著 「特別支援教育におけるコミュニケーション支援 AACから情報教育まで」、ジアース教育新社、2005など)。

特別支援教育においてその可能性が期待されているAACですが、活用にあたってはまだまだ課題も残されています。最大の課題は、教師側のAAC活用スキルの個人差が大きいということです。AACをコミュニケーションの手段として使いこなすためには、十分な練習時間の確保や情報発信しやすい条件整備が不可欠なのですが、担当教師の異動などにともない、それらがしっかり引き継がれないことがあります。また、教師や保護者の都合優先で導入され、大人が考えている通りに使わせたいという意向が強く働きすぎてしまうこともあります。

こうした特別支援教育の視点で小・中学校の通常学級でのICT活用をのぞいてみると、まだまだ「子どもにわからせるツール」としての利用にとどまっているような気がしてなりません。もちろん「伝えられる内容がわかりやすく示される」のは子どもたちにとって非常に大切なことだと思いますが、コミュニケーションは双方向で成立しますから、子どもたちからの発信に生かせるツールであってほしいと思います。そのためには、もっと気軽に使えるようになることが大切ではないでしょうか。今の子どもたちは、私たちが子どもだったころに比して機器の操作に長けていると思うのですが、それでもなお「先生以外は操作しない」、「子どもだけで触れてはいけない」など使用制限が多い機器を目にします。「先生のためのICT」に留まらない工夫が必要になると思います。

この「学びの場.com」の運営母体である内田洋行さんは、教育現場におけるICT活用をいち早く進めてこられた会社です。特別支援教育にもずいぶん力を入れてくださっていて、商品開発に熱心に取り組んでいらっしゃる様子がうかがえます。ぜひ、安価で、耐久性にすぐれ、操作や手順が単純なAACの開発と販売をご検討いただけると嬉しく思います。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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