2008.12.26
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小劇場

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

(第1幕)
目の前を小走りの女性が、毛糸の帽子を落としました。心は、目当ての売り場へ向かうことだったので、帽子を落としたことに気付かなかったようです。私は、その場ですぐに「お嬢さん、帽子が落ちましたよ」と、すぐに声をかけてあげればよかったのですが、その女性が帽子を落としたのは、5mほど先だったのでできませんでした。それと若い女性に声をかけることに、少し躊躇したのかもしれません。でも、まずは女性に追いついて、帽子を落としたことを知らせなくてはと思い、その女性を追いかけました。女性がいちもくさんに駆けていたのと、私の足が遅かったので、声をかけるまでに100mは進んでしまいました。やっとの思いで、「あのー、帽子落とされましたよ。ここから100m手前です。」と教えてあげることができました。
その女性から「ありがとうございます。」または、「済みません。」の言葉を聞けると期待していました。意に反して、「えっー、言ってくれるよりも、その帽子を拾ってもってきて、渡してくれたほうが良かったのに」というニュアンスの、小声が帰ってきました。言われてみれば、その通りなのです。どうして帽子を拾って、追いかけようとしなかったのか。なぜ、声をかけるだけしか思わなかったのでしょうか。
最初は、すぐ声をかけ、「ほら、そこの帽子です」と指をさして教える距離を想定していたので、拾うという行動に移すことをしなかったようです。しかし、相手の女性が私の予想に反して、早く駆けており、追いつくまでに長い距離がすぎてしまいました。それだけ、その女性は、目当ての売り場に向かって走っていたのかもしれません。
お客さんは、私の他にも大勢いたのですが、私のような行動をとろうとした人はいませんでした。「あっ、帽子が落ちた」「あの人、帽子落とした」とだけ言っていたのです。その女性に声をかけるとか、女性に帽子を届けるなどの行動に移す人はいなかったのです。その女性に親切なことができたという清々(すがすが)しさは半減しました。私は、状況判断が不十分であったことも反省しました。帽子を拾いに戻る間に、目当ての品が別のお客さんに買われてしまったのではないかと申し訳なく思いました。私がとった行動と認知を振り返るにはよい体験になったと思います。

(第2幕)
次は、食事をする場所での一コマです。水をセルフで紙コップに入れるレストランで、前の男性がなかなかコップに水を貯めることができないでいました。コップに水をいれるのに、どうして時間がかかるのだろうと、肩越しに背伸びをして覗いてみました。近くの壁にボタンがあり、そのボタンを押したら、水が出るようになっていました。「ボタンを押してください。」と表示が出ています。その男性は、案内に従ってボタンを押したようです。が、ボタンを押した瞬間だけしか水が出ません。その後、チョロチョロと水が流れています。この状態で水が流れていたことが、男性に誤解を生じさせてしまったようです。実は、ボタンは、水が満たされるまで押し続けなければならなかったのです。少量で中途半端であっても水が、ほんの一滴(ひとしずく)程度流れていたものですから、ボタンを押し続けなければならないという事には、全く気付かなかったようです。その少量しか流れていない水で、コップを満たそうとしていたので、時間がやたら掛かってしまったのです。私は、その男性に「ボタンはずっと押しておくのですよ」と、教えてあげました(私は2回目の給水だったので知っていたのです)。
男性は「あっ、そうなんだ」と驚いておられました。彼は、ボタンを最初押せば、後は自然に流れ出ると思いこんでいたようです。すぐに流れが弱くなっても、機械の調子が悪いのかと理解して、もう一度ボタンを押し直すこととか、押し続けるということにまで気付かなかったようです。
案内に「ボタンを押し続けてください」という表示があれば、この男性のような誤解をする人が少なくできそうです。給水器のボタン操作にも、多様な場合がありえることと、人が誤りやすい状況を少なくする方策も考える機会にもなりました。
私たちは陥った思いこみを、解くことが意外に難しいことに気づきました。

(第3幕)
最後に、子供が、自分で支払いをするためにレジに並んでいました。2番目だったので、すぐ支払いができるものだと待っていました。しかし、なかなか精算して私の所へ戻ってきません。なにか、トラブルが発生したようです。今レジで精算をしているお客が、「購入したアクセサリーをすぐ身につけたいので、紐を解いて使えるようにしてほしい。」というようなお願いを店員さんにしたようです。店員さんが、そのアクセサリーの紐を解こうとしました。手順が悪かったようで、絡まってしまい、それを解くのに非常に手こずっています。結局解けませんでした。余計に絡まってしまいました。
売り物にならないので、新しいものと交換するために、レジを離れて棚に取りにいきました。商品を探すのにも時間が掛かりました。戻ってきて、再度、紐をほどこうとしました。しかし、今度も絡まってしまいました。店員さんは焦っておられます。お客は呆れてしまっています。私の子供やその次に並んでいる方々も、だんだん焦れったそうな態度になっていきます。店員さんは、別の年配の方に助けを求めました。結局、紐を解くことができませんでした。解けず袋に入れてお客さんに渡しました。
この間12分。ちょとしたドラマというか笑劇でした。やや疲れて私の元へ、おつりとレシートを持ってきた子供に、「今12分かかったね。長い待ち時間だったね」と声をかけました。子供にすれば、次は自分の番で、すぐに精算してもらえると期待していたので、今回の12分待たされることは、非常に長く感じてしまったようです。
また、店員さん自身も、待っている他のお客さんが、全く視界に入らず、うまく解けない紐に格闘しており、割と空いている別のレジにお客を進めることもできませんでした。待っている人たちも、結果論ですが、近くの別のレジを利用すれば良かったのですが、今精算できるかもという可能性が残っていたので、移動しなかったのかもしれません。もっと早く判断して、別のレジに移動しておれば、これほど待たなくても済んだし、イライラな気分にならなくて済んだかもしれないのです。後の祭りでした。
子供は、とても長く感じたと呆れていました。テーマパークなどでは、100分待ちであっても不思議と列を並んで我慢できることがあります。しかし、レジでは10分も待つことは難しいようです。同じ〈待つ〉という行為であっても、TPOや心理的状況によって、〈待てる〉時間が違ってくるようです。店員さんにとっても長~く感じたレジの作業だったかもしれません。

長くなりましたが、大事には至らないものの「ちょっとした思いこみのずれ」に関する小劇場を紹介させていただきました。どのように解釈されるかは、皆さんに委ねさせていただきます。

良いお年をお迎え下さい。

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

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