2008.12.25
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「もうすこしがんばりましょう」のスタンプが伝えるメッセージ

東京都立港特別支援学校 教諭 川上 康則

ある中学校での出来事です。期末テストの結果を全員に配り終えた先生は、テストの結果が振るわない生徒たちに向けて「しっかり反省してください」とお話されました。ごくごくありふれた授業のワンシーン。何気ない会話です。取り立てて気に留めるほうがおかしい、そうおっしゃる方も少なくないと思います。しかし、私は、このワンシーンにとても大きな学校文化の壁のようなものを感じずにはいられませんでした。

そもそも「テスト結果について反省しなさい」という言葉には、「“できないこと”の原因はあなたの努力不足ですよ」というメッセージが込められていると思います。たとえ、先生がそう思っていなかったとしても、子どもたちには、そう受け取られるはずです。特別支援教育が通常学級でも位置づけられるようになって間もなく2年が経とうとしていますが、まだまだ現場では、「“できないこと”=その子のせい」という発想から抜け切れていないように思います。

そもそも、こうした発想は、長年にわたって学校が築き上げた組織文化なのだと言わざるをえません。「できないこと=努力が足りないから」という発想の代表例が、読者の皆さんの中にも、経験者の多い、あの3種類のスタンプです。

「たいへんよくできました」、「よくできました」、「もうすこしがんばりましょう」の3種類がきれいに並び、先生がいつも教卓の片隅に置いているあのスタンプ。普段、何気なく使われているこのスタンプは、実は「出来栄え(よくできたこと)」を問う評価基準と、「努力の程度(がんばったかどうか)」を問う評価基準が混在するダブルスタンダードで成り立っています。

出来栄えだけを問うならば、「A:大変よくできた」、「B:よくできた」、「C:よくできていない」の3段階になるはずです。もう一方の、努力の程度だけを問うならば、「A:とてもよくがんばっていた」、「B:よくがんばっていた」、「C:よくがんばっていなかった(ので、がんばりましょう)」の3段階になるはずです。おそらく、できていないことを直接的に伝えることの影響を考え、「がんばりましょう」という表現になったのだろうと推察しますが、そのことがかえって、子どもたちに「できないこと=努力不足」という印象を強く植え付けてしてしまっているように思います。頑張ったにもかかわらず出来栄えがよくなかった場合、3種類の中に適したスタンプはありません。それなのに、「もうすこしがんばりましょう」のスタンプが押されてしまうのです。せめて「頑張ったことはよくわかったよ」のスタンプがあればよいのに、と思わずにはいられません。

作家の重松清氏は、「期待よりも・・・・・・」というエッセイ(「うちのパパが言うことには」所収。角川書店刊)の中で、3つのスタンプについて以下のように述べています。

以下、同書p.232より引用します。

(前略)ここには、ある種の欺瞞がある。「できていません=先生の期待に応えていません」を「がんばりましょう=努力が足りません」に言い換えてしまうことによって、確かに表面的な言葉の印象はソフトになっても、代わりに「先生の期待に応えるために、もっと努力しなさい」という、とんでもなくゴーマンな言葉が浮かび上がってきてしまうのです。嫌だなぁ、と思います。怖いなぁ、とも思います。なぜなら、そこでは、「先生の期待」がほんとうに正しいのかどうかの検証がいっさいなされていないから。

以上で引用は終わりです。

「労多くして報われない世界」。学習面でつまずきがある子どもたちには、そういった経験が一度や二度ではなく、繰り返し襲ってくるわけです。「もうすこしがんばりましょう」のスタンプがずっと“追いかけて”くれば、努力や勤勉に価値を見出せなくなることだってあるでしょう。「努力しないからできない」ではなく、「学びのスタイル・パターン・プロセス等を見いだせないでいる」、「言葉にならない学習の苦しみを抱えている」、「今までの指導とは、どうやら学び方が違うのかもしれない」と考え直すことはできないでしょうか。

私たち教師は、「反省させれば学習意欲がわく」といった誤解や思い込みから一刻も早く脱却すべきではないかと思います。その第一歩が「もう少しがんばりましょう」のスタンプを使わずに、その子の学習意欲を高めること。特別支援教育は、その方法論を提示してくれると思います。

川上 康則(かわかみ やすのり)

東京都立港特別支援学校 教諭
障害のある子どもたちの指導に携わる一方、特別支援教育コーディネーターとして小中学校を支援してきました。教育技術の一つとしての「特別支援教育」を考えていきます。

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