2008.12.12
  • twitter
  • facebook
  • はてなブックマーク
  • 印刷

触察について

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

「触察」という行為と、ここから得られる情報というものを考えてみたいと思います。

仮に生後から視力が失われている場合は、物が見えた経験や体験がありません。前回紹介しましたが、彼らは、耳からの音による情報によって物事を理解することが始まります。もう一つ、手および指先で、何かを触ることで情報を得ることできます。手からの情報を得ることを、「触って観察する」という意味で〈触察〉と称しています。

幼稚部や小学部では、点字を学習する以前に、または点字を学習するときに並行して、〈触察〉という活動を積極的に学校の中で取り入れて行きます。ただ何か物体を触って遊んでいるだけではないのかとお考えの方は、是非とも修正をお願いしたいものです。大変奥の深いものがあると思います。

私も全くの門外漢の一人でしかありませんが、〈触察〉にも、発達段階や児童生徒の視覚障害の程度に応じた指導手順があるのではと思っています。

まず、何を触るのか。触る材質というか形状について考えてみます。
皆さんは何を最初に触らせたいですか。
もちろん肌触りの良い物から始めるのが自然ではないでしょうか。例えば、羊毛など《ふわふわ》《ふさふさ》したものはどうでしょうか。高価ですがシルクや羽毛でできたもの、レースなどの飾りがついたものはどうでしょうか。そういえば、多くのお宅に、低学年向けで、触って見る絵本があるのではないでしょうか。例えば、アヒルかヒヨコの絵に、毛の変わりになる繊維か生地が用いられていたりしています。

触察しながら、その肌触りを表現する微妙なそして豊かな日本語の語彙も増やすことが自然にできるかもしれません。《柔らかい》《温かい》《ふんわり》《ほんわか》《すべすべ》などが思いつきます。皆さんも、肌触りの良い物が好きではありませんか。

同時に《ごわごわ》《がさがさ》《ごつごつ》《デコボコ》《ごりごり》など、少し違和感を覚える材質にも慣れていきます。紙や布にしても色々な種類があることに気づくことができるはずです。

形や形状も〈触察〉の情報として加わってきます。《柔らかい》《ぶよぶよ》《固い》《冷たい》《温かい》《細い》《長い》《太い》《丸い》《細長い》など、私たちの語彙を〈触察〉を通して、豊かにしてくれます。

何を触るのかに関係して、材質の特徴を掴むために〈触察〉します。どういうことかと言うと、触ることで〈表裏〉〈左右〉〈上下〉など位置関係の識別が可能なものが、存在します。皆さん何を想像されますか。例えば「箸」です。箸には、まず太い部分と細い部分があるのが多いと思われます。箸のどちらで口にするのか。またはどちらを掴むのかが分かる必要があります。児童生徒に、形によって位置や機能が決まる物があることを経験させ知識として教えることもでてきます。少し危険ですが、カッターやナイフなど刃先とそうでない部分なども慣れていくことも求められます。

でも多くの品物は、視覚障害の人には不便にできています。製品開発の世界ではまだまだユニバーサルデザインの視点が少なく、青眼者向けになっているのです。たとえば、葉書は、裏表がありますが、目を閉じて識別できるようにはなっていません。封筒は〈触察〉で、表裏が分かります。

次に一番必要なことは、〈触察〉で、そもそも品物が何なのか区別弁別できるようになることが大切です。たとえば、野菜や果物で、丸いものを渡します。肌触りで、トマトとリンゴとミカンの区別や、形状からナスやバナナの区別、また白菜やキャベツやレタスの区別など、大きさや重さなど様々な〈触察〉からの情報をつなぎ合わせて、一つの野菜なり果物の名前が言えたりすることは大事だと思います(臭いなど臭覚も動員できますね)。

実は〈触察〉を通じて、その物体の概念を学習もしていきます。これはまるで名詞の定義を国語辞典で確認するような行為だと思います。どういう事かと言いますと、例えば、「足が4つあって、四角いもの、座っているとき使うもの。木でできている。背もたれがある。」などで、「椅子」と認識させることができます。しかし、これでは丸椅子に対応しません。そうすると様々な椅子を〈触察〉することで、本人に「椅子」の基本概念を作らせることも必要になってきます。〈触察〉を通じて、私たちは、名詞を始め、言葉の定義に敏感になってもいくのです。

〈触察〉で忘れてはならないことがあります。
それは、〈触る〉行為自体に興味をもつことなのです。「はい触ってごらん」と促しても、何かの理由で〈触る〉ことを敬遠し、嫌がる生徒児童もいます。これができないでは話しになりません。耳から以外の有力な情報源である〈触る〉ことに抵抗感がある生徒児童に〈触る〉ことの楽しさ面白さを、紹介する「しかけ」も大事であり、実はそれこそ私たちに求められているようです。
〈触察〉のことから、結局は、〈触る〉ことに戻ってしまいました。でも、最初に〈触れた〉ある原因によって、マイナスのイメージや、嫌悪感や、トラウマなどがあった場合、それを克服するのは、尋常ではないのです。

皆さんはどうだか分かりませんが、たとえば「どろんこあそび」を例に考えてみます。どろどろのニュルニュルの感触が面白いと思ったりすると、粘土遊びにもスムーズにいくでしょう。また卵を割って卵白にも抵抗なく触れるでしょう。ゼラチン状のものゼリー状のものも平気になるのではないでしょうか。時候としては餅などをこねることに楽しくなるのではないでしょうか。それが、例えば、どろんこ遊びをして、どろんこに服を汚したかで、ひどく親に叱られた場合は、どろんこというもの、どろんこを手で触った感触にまで、叱られる行為とマイナスのイメージが重なってしまうことがあります。子供の発達段階での体験を大人の価値観で抹殺することが行われたのです。これほど深刻に分析する必要はないかもしれませんが、似たような負の経験が積み上げられてしまい、〈触る〉こと自体から、非常に指導に苦労する場合もあることを理解してもらいたいのです。

また、動物や昆虫や両生類など生き物に触ることができない場合もあります。見えていないので、グロテスクさはないはずです。これは両親などが過敏に怖がったり嫌がったりするような声を発生したり、同様な説明を我が子にすることによって、マイナスイメージを持ったりする場合があるようです。動物など最初に噛まれたり、吠えられたり、舐められたりしたことが一種のトラウマ状態のまま歳を重ねたりすると、動物を撫でることすらできないことになります。
テレビのバライティー番組で、箱に手を入れて、何が入っているのか当てるようなゲームがあります。見えない、何か分からないものに直接触れることは、実は非常に怖いことなのだということも理解したいと思います。

「羮に懲りて膾を吹く」ことにならないように〈触察〉も楽しみ、そこから得られる情報をもとに、豊かな人生を送ることも願っています。

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

同じテーマの執筆者
  • 吉田 博子

    東京都立白鷺特別支援学校 中学部 教諭・自閉症スペクトラム支援士・早稲田大学大学院 教育学研究科 修士課程2年

  • 綿引 清勝

    東京都立南花畑特別支援学校 主任教諭・臨床発達心理士・自閉症スペクトラム支援士(standard)

  • 郡司 竜平

    北海道札幌養護学校 教諭

  • 増田 謙太郎

    東京学芸大学教職大学院 准教授

  • 植竹 安彦

    東京都立城北特別支援学校 教諭・臨床発達心理士

  • 渡部 起史

    福島県立あぶくま養護学校 教諭

  • 川上 康則

    東京都立港特別支援学校 教諭

  • 中川 宣子

    京都教育大学附属特別支援学校 特別支援教育士・臨床発達心理士・特別支援ICT研究会

  • 髙橋 三郎

    福生市立福生第七小学校 ことばの教室 主任教諭 博士(教育学)公認心理師 臨床発達心理士

  • 丸山 裕也

    信州大学教育学部附属特別支援学校 教諭

  • 下條 綾乃

    在沖米軍基地内 公立アメリカンスクール 日本語日本文化教師

  • 渡邊 満昭

    静岡市立中島小学校教諭・公認心理師

  • 山本 優佳里

    寝屋川市立小学校

ご意見・ご要望、お待ちしています!

この記事に対する皆様のご意見、ご要望をお寄せください。今後の記事制作の参考にさせていただきます。(なお個別・個人的なご質問・ご相談等に関してはお受けいたしかねます。)

pagetop