2008.11.28
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音を聞き比べる

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭 岩本 昌明

九州場所が終わりました。相撲がとても大好きなA君が私にちょっと意地悪そうに尋ねてきました。
「先生、相撲の『呼び出し』って、次の4つをどんな順序で言っているのか知っていますか」
何気ない質問でした。皆さんは考えてみたことありますか。
(1)しこ名、(2)番付、(3)出身地、(4)所属部屋名が、どのように並んで、呼ばれていると思いますか。
答えは、(1)~(4)の順番に『呼び出し』が行われているのです。
私は、今までずうっと、何気なく『呼び出し』を聞いていました。いや、実は全く意識せず『呼び出し』を聞きながしていました。目から入る情報としては、力士たちの実際の相撲の取り組みとその勝敗の方が私には興味があります。それ以外の『呼び出し』などの情報は、あまり正直重要視していなかったのです。しかし、大相撲が大好きで、耳からの情報だけに頼るA君にとっては、『呼び出し』一つも大切な内容なのです。
A君がテープに録音した相撲の取り組みの音声を私に聞かせてくれました。カセットテープからは、映像がない音声だけの、九州場所の場内の様子が耳に伝わってきます。まずNHKのアナウンサーと解説の親方の声、その裏には、観客の呼びかけや何かがやがやした音声、そして拍子木、呼び出しの声、場内アナウンス、行司のかけ声、大きい声、聞きにくい小さい声、そして高めの音声や低い音声、早口であったり、のんびりしたものであったりとしています。実に様々な音声が混じっています。生まれて初めて、相撲の実況中継を、目を閉じて聞いてみました。すると上の音が、オーケストラとまではいきませんが、それなりの順序というか秩序とリズムがあり、重なり具合があり、面白い味わいを醸し出してくれることが分かりました。ちょっとした発見です。
A君にとっては、『呼び出し』についても、上で考えてみた4つの要素がそれぞれ大事な意味をもち、その順番も大切な情報になっています。目が見えると、逆に聞き逃してしまい無駄にしてしまう情報もたくさんあるのだと気づかされました。今まで目が見えることで、非常に多くの耳からの情報を聞き逃してきたのではないかと、ちょっと残念にも思いました。

よく似た話題をもう一つ。
今まで、JRで、駅の構内でのアナウンスに耳を傾けて聴いてみたことはありますか。
私たちは、何気なく目的地の電車の時刻と何番線なのかだけの情報を取捨選択しているようです。目が見えているからかもしれません。しかし、耳だけからの情報に頼っている場合は、私たちと少し情報の捉え方が異なってくるようです。
先日B君が、「駅の構内で駅員さんが、列車が入ってくる時のアナウンスをしてみてください」と言ってきました。私は、適当に北陸線を走る列車が富山駅に入るのを真似て言ってみました。
残念なことに「違う。そうは言っていない」とB君にきつく叱られてしまいました。
「○○線に入る列車は、△△行き、何時何分当駅発 特急□□です。◎◎両編成で参ります」とすらすら駅員さんのようにアナウンスしてくれました。
私は、驚きました。駅員さんのアナウンスには、とても多くの内容があることと、その順序が大相撲の呼び名と同じようにある程度の規則性があることを始めて知りました。もう一つ、B君は、一度しか耳にしていないアナウンスを覚えていたのです。
B君にアナウンスを言ってもらうと、確かに、他の駅でも同じような言い方をしていたような気がしてきました。今まで何度か列車を利用して旅行をしてきましたが、如何に聞き逃していたことが多いのか、そして全く記憶に残っていなかったのか、目が見えている場合と、そうでない場合と世界観が異なり、世界観の広がりが違うことが分かりました。それと集中力も異なることを。
相撲(に限らず別のスポーツでも可)の実況中継を聴く、駅の構内でアナウンスを聴くなどという日常のありふれた場面であっても、私とはA君やB君は異なった理解の仕方や注意の向け方をしているのだと気づかされました。

たまには立ち止まって、目を閉じて、身近な回りの音に耳をそば立ててはどうでしょうか。
思いがけない情報の規則性やリズムなどの気づきがあるかもしれません。

岩本 昌明(いわもと まさあき)

富山県立富山視覚総合支援学校 教諭
視覚に病弱部門が併置された全国初の総合支援学校。北陸富山から四季折々にふれて、特別支援教育と英語教育を始め、身の回りに関わる雑感や思いを皆さんと共有できたらと願っています。

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